とりあえず、おもてを捨て、裏をとる
今朝も今朝とて、急いでいる。
梅雨にぶーぶー言っていたが、けっきょく、関係ない。ただ、ただ朝がニガテなのだ。
またギリギリ。急がなきゃと、例のあたりにさし掛かると……
2匹いらっしゃる!!
「だー かー らーっ
わたしは、急いでいるんだよっっ」
と言いながら、いそいそとカメラを向けて、塀の裏を撮る。
とりあえず、このあと、駅まで大急ぎで走った。顔面は暑さでダラダラ。ほぼ流れ落ちている。
面(おもて)を捨てて、裏を撮った。
でも、にゃんツー!! 満足!!
----- おしまい・ししまい -----
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写真を撮るのが好きだった。
過去形にするのは……
今もしょっちゅうケータイのカメラでは撮っているが、「重い、PCにつなぐのめんどくさい」と、一眼を自宅待機させ、現像もせず、クラウドの容量ばかりを溢れかえらさせているからだ。
写真好きとはとても言い難い。
学生の頃は使い捨てカメラで、友だちを撮っていた。
遠近の錯覚を使ったおもしろ写真が楽しかった。
30年前だ。加工アプリなどない。
ポーズや構図を自分たちで工夫して撮る(7割思い通りにいかない)。
フィルムなので、現像するまで出来上がりがわからない。期待していたものがまったく撮れていなかったり、予想外でいいものがあったり、思い通りじゃないのが面白かった。
イマイチなものは、ポスカで落書きして誤魔化す。ソレもソレで、面白かった。
日常の裏側っぽい、素の友だちの様子を好んで撮っていた。気合いが入っていないものの方がかわいく撮れていたりする。
「ちょーだいっ!」
と、もらわれていくのがうれしかった。
ただ……
撮影者は写らない。
わたしの顔(面:おもて)が写る、ナチュラルかわいい写真はない。
同時期、学校新聞を作っていたので、その撮影もしていた。
部活の様子、学校行事の様子……
ぜったい使いそうなオフィシャルっぽい構図と、もしかしたら使えるかもしれない素っぽい写真と、いろいろ撮っておいて現像に出す。
新聞や、壁新聞を出してからしばらくすると
「あの……」
話したことがない女子に声をかけられることが増える。
「……もし、
◯◯くんの写真があったら、
もらえませんか?」
ふふふ……
好きな子が、“欲しい”と思う写真が撮れていたんだな。
と嬉しくなる。
ただ……
運動部とか、球技大会とか、創立記念マラソン(?!)とかで、カッコいい写真を撮りたいと思ったら「日焼けが……」などと言っていられない。
顔面(おもて)を捨てて、日に焼かれ、主役たちを撮る……
結婚前は夫の写真もよく撮っていた。
造形が整っているわけではないが、「この人の、こういう表情、しぐさが好きだな」と思って撮っていた。
おかげで、夫本人もご満悦の、いい顔で映っている写真がたくさんある。
ただ……
夫にわたしの写真をお願いしても、
「えーー? どう撮ればいいの?」
と言って、ビミョーな顔の写真しか撮れない。
ここでも、わたしの顔(面:おもて)は捨ておかれているのだ……
とりあえず、写真が好きというより、写真を誰かが喜んでくれるのが好きだったんだなと、今更気づいた。
面(おもて)を捨てて、写真を撮ってきたかいがあったかな?