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とりあえず、「チーっス!」

「いや、べつに、いいんだけどさ……」

帰ってくるなり、何かにぷりぷりしている夫。

「なに?」

「いまさ、マンションの中で人と
 すれちがったから、
 “こんばんは”って挨拶したんだけど……

 “チっス”

 って返された。
 挨拶返してくれてるし、他意はない感じ
 だけど……  なんかモヤっとする」


と、ぶつぶつ言っている。


親しい感じじゃない人に“チっス”はなんとなく、モヤる気持ちもわからなくはないけれど……

……そうだ

「それさ、その人にとっては“チっス”が
 当たり前の挨拶なんじゃない?」

大学生の頃、2つ同じようなアルバイトをしていたのだが、

片方では、

「挨拶は、何時に来ても
 “おつかれさまです”で。
 早朝も、泊まりの人もいるから、
 朝夕なしにしたい」

もう片方では

「挨拶さぁ、何時に来ても
 “おはようございます”で、お願い!
 ここで寝てるのもいるし、いろいろだから。
 全部、スタートってことで!」

どちらも状況的には同じだが、所属している集団で、選んだ言葉が違う。
どちらも他の誰かを気づかっている。

「“チっスさん”は、職場とかでフランクな
 挨拶を推奨されていて、その流れで使って
 いるのかもしれないよ(知らんけど)。

 運動部とかでもよくあるじゃん。
 謎の挨拶フレーズ。それこそ、
 チーっスとかじゃないの?」

現役運動部(子ども)に話を降ると、


「え、そんなの、なにもないよ。

 “こんにちは”は“こんにちは”だし、

 先輩に挨拶はするけど、強制ではない」


「そ、そうか……」

うなずきあう親たち。

なにか個性的な挨拶を期待したが、現代っ子の、この小ざっぱりとした回答も、それはそれで夫の気分を変えたようだった。

まぁ、チっスの真相は知る由もないが、強制的でなく、納得のいくものであれば、仲間うちだけの共通の挨拶というのも、安心だったり、楽しいものだったりする。

前述のALL“おつかれさまです”のバイトは卒業まで続けたし、面白い人も多かったのでなかなか抜けきらず、働き出してからも偶に出社時に出てしまい、先輩にきょとん? とされることがあった。

それから、高校の時の“おかゆくらぶ”の挨拶も、つい、やりそうになる。

“おかゆくらぶ”はクラブと名乗っているが、メンバーは2人しかいない。
活動内容はというと、互いの自宅FAXに、どーでもいい内容(“ガキつか”のネタや、うすた京介の漫画キャラの雑な模写など、マジで取っておく価値がないようなもの)を送り合うというものだ。
田舎とはいえ、ケータイは繋がる(念のため書いておく)。なんだったら、メールでもやりとりはできるし、授業中に手紙や交換日記だって回せる。
でも、敢えて、自宅FAXを無駄にする連絡方法でコミュニケーションを取るのが“おかゆくらぶ”なのだ。

そして、その挨拶というのが、FAX冒頭にできる限りヨレヨレの文字で、たっぷりスペースを使い「お〜か〜ゆ〜」と書くというものだ。
いかに、気を衒うかが肝心。紙を無駄に使うこともステイタスだ!


……と、まぁ、こんな無駄にコストがかかる上に、親に見つけてくれと言わんばかりの所業は、当然「即時辞めろ」とお達しがあるわけで……3ターンくらいのやり取りで廃部に追いやられた。

それでも、あの無駄な愉快さは、何かでFAXの必要が出るたびに思い出され、紙の端につい
「お〜か〜ゆ〜」
と書きたい衝動にかられるのだ。



……えっと、


とりあえず、この脱線しまくった挨拶話で、よく知らない大人に“チっス”と挨拶されるモヤっと感は忘れられたはずだ。
モヤっとはどうにもならないので、くだらない話でぼやかすにかぎる!

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