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【短編小説】軽いノリの重さ

職場に苦手な上司がいる。
直接何かされたわけじゃない。
でも、なんかモヤモヤする。

その上司は、
私が大好きな先輩によくちょっかいをかける。

先輩のノートに落書きをしたり、
勝手にパソコンをいじったり。

冗談交じりにバカにすることもあれば、
何かと怒ることもある。

最初は「仲がいいのかな」と思っていた。
でも最近、
どうもその上司の当たりが強い気がする。

 先輩は優しい人だ。
悪く言えば、いじられやすいタイプ。

 だからか、周りの先輩たち——

私より少し上の後輩男子たちも、
よく先輩をいじっている。

「〇〇さんって、ほんと抜けてますよね」
 「いやいや、これはさすがにやばいっすよ(笑)」


冗談めかして笑う彼らの声が、よく聞こえてくる。先輩は「もー、やめてよ〜」と苦笑いしながら応じているけど、
私はその姿を見て、胸がざわつく。

いじりの域を超えていることもある。

 わざと小さなミスを大げさに指摘したり、
作業を増やしたり、
からかいの延長で先輩の負担が増えることもある。

 たぶん、みんな「〇〇さんなら大丈夫」と思っているんだろう。でも、絶対に大丈夫じゃない。

 私は知ってる。
 昔の私がそうだったから。

 嫌なことをされても、笑って誤魔化していた。

 「平気そうに見える」から、
周りはどんどん調子に乗る。

 「この人は冗談が通じる人だから」「この人は怒らないから」

そう思われて、少しずつ、少しずつ、境界線が押し広げられていく。

でも本当は、毎日が苦しかった。

 「大丈夫なわけないじゃん」って、何度も思った。

 家に帰ったら、何もしたくなくて布団に潜った。

 ひどい日は、涙が勝手にこぼれた。

 先輩の「いつもやられるんだよね」って笑う顔を見ていると、その頃の自分を思い出してしまう。

今日、その上司と一緒に出社した。
話してみると意外と普通だった。

むしろ、楽しかったくらいだ。
普段の業務の話をして、たわいもない会話をして、冗談も交えつつ笑った。

私は「この人、先輩にさえあんな態度をとらなければ、普通に良い人なんじゃないか」とすら思った。

でも、ふとした瞬間、その上司は言った。

 「〇〇って、そういうところあるからさ」
 「〇〇にはイライラするんだよな」


それは私への言葉じゃなかった。

誰か別の同僚の話。
でも、その言葉が引っかかる。

——私も陰でこうやって言われてるんじゃないか?

 そんな不安が胸をよぎる。
楽しかったはずの会話が、
一瞬でざらついたものに変わる。

 苦手な理由がわかった気がした。

 この人は、誰かを軽く扱うことがある。

冗談のつもりで、人を傷つけることがある。

そしてそれを悪気なくやる。

 今は私には何もない。

でも、いつか、私も先輩のように、ちょっかいをかけられたり、当たりが強くなったり、
陰で何か言われたりするのだろうか。

そう考えたら、やっぱりモヤモヤする。

 でも、私は一番後輩の立場だ。

 先輩に「大丈夫ですか?」と聞くことはできても、「やめてください」と言うことはできない。

 上司に「そういうの、やめたほうがいいです
よ」と言うなんて、到底無理だ。

 ましてや、私にとって先輩である後輩男子たちに「いじるのやめなよ」なんて言えるはずもない。

 だから、私は黙って見ているしかない。

 ただ、心の中でずっと、モヤモヤしながら。

「軽いノリの重さ」

——あなたの周りにもいないでしょうか?
冗談のつもりで人を傷つける人。悪気なく誰かを追い詰める人。

そして、それを笑って受け流すしかない人。

その「軽さ」は、本当にただの冗談なのでしょうか。

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