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忘れていた香り
「わからない」という言葉が終わりの言葉ではなく、始まりの言葉だったことをいつの間にか忘れていました。
私たちは簡単に「わからない」と言ってそれでその場をおさめようとします。
それが答えであるかのように。
他にも、難しいですねと訳知り顔で言ってみたりして、そのままそれがそっと流れていくのを待つように。
会話でたいてい「わからない」と言われたら、それはそれが答えです、と受け取ります。
しかし、知りたいことがわからないから知りたいわけで、それは答えではないのです。
「わからないです」「ですよね」で私たちは終点に向かいます。
「ねぇ、おかあさん」
「なあに」
「ねぇ、おかあさん、どうしておかあさんはおかあさんっていうの?」
「おかあさんだからだよ」
「どうしておかあさんはおかあさんなの?」
「どうしてってわからないよ」
「どうしてわからないの?」
「だってわからないんだもの」
こんな種類のやり取りが小さい頃にたくさんあったと思います。
それでも、わからないことに納得がいかないと、今度は同じ質問を父に聞いたり別の人に聞いたりして回ります。
子供の単純な質問であればあるほど大人は困惑していたように思います。
シンプルなのにどう答えていいかわからない、そんなことに疑問を持つのをとうの昔にやめてしまった、どうやって言葉にして伝えたらいいのかわからないという感じです。
子供の時の私が思ったのは、大人にもたくさんわからないことがあるんだなということでした。
そして、わからないことだらけで生きるのって大丈夫なのかなとも思いました。笑
そして、成長していくごとに、「そういうふうに出来ている」ということでだいぶカバー出来るのだということを学びました。笑
そういうふうにできている、なんと素敵な言葉でしょう。笑
誰をも黙らす不思議な呪文。笑
けれど、どうしても「わからない」では済ませられないことも出てきます。
それが、自分が自分に立てた問いなのです。
私はその問いの前に立っている、その先に自分の進む道があると直感的に思うのです。
他の人がスルーしてしまうことでも、どうしても私はこれを知りたい、これをもっと探ってみたい、追及してみたい、その先へ先へと足を進めずにはいられない気持ちです。
研究者などはこうやって道を進んでいる人なのでしょうが、私たちひとりひとりもまた自分の問いの答えを人生をかけて探しているのだと思います。
また、漠然とやりたいことがわからないという人が結構いると聞きます。
どっちに進めばいいのかわからなくて最初の一歩を踏み出せずにいるのかもしれません。
そういう時は「わからない」に引っ張られて思考停止に陥ってしまいます。
だとしたら、この場合、やりたくないことを考えてみることなんじゃないかと思います。
自分のやりたくないことをどんどん挙げていきます。
積極的にガンガン挙げていきます。
やりたくないことなら人間誰でも出てくるのではないでしょうか。
そうして、その中から共通のエッセンスを見つけます。
共通のエッセンスは抽象的なものとなるでしょう。
例えば、他者が関わること、とか、時間がかかること、とか...
そして、それをまた逆にしてみます。
他者が関わることがやりたくないのなら、一人でできること。
時間がかかることなら、短い時間でパッとできるもの。
このようにして、それらのアイディアをつなげたもので出来ることは少なくとも自分の性質にまったく合わないことではないと思われます。
ただ、それではなんだか無理やり自分に何かを押し付けようとしている感が否めないということであれば、この言葉はいかがでしょう。
船をつくりたいのなら、男たちを募って木材を探し
それを切ったりして
仕事を分担することからではなく
まず、海への憧れを彼らに思い起こさせることからはじめることだ。
これは昔に読んだアレックス・ロビラさんの幸福の迷宮という本にあった言葉です。
私たちは壮大な宇宙の中の一つの星、地球になぜか生を受けて生きている、まだすべてが解明されてもいない宇宙という大きな大きな舞台が私たちには用意されていて、そこで、何をしてもいいという、何を選んでもいいという自由に恵まれています。
そう考えると一気に視界がぶわーっと広がりませんか。
「わからない」と赤信号でずっと止まっていたけれど、次の青信号でとりあえず行ってみたいと自分が感じる方向に足を出してみよう!
渋谷のスクランブル交差点みたいに、同じとき、同じ場所でやりたいことに向かって進む同志のような感覚で、それがこの地球のいたるところで起きていると思うと、内側からムクムクと「わからないけど、なんか面白くなってきた」という感覚が出てくる気がします。
この感覚が自分をきっと「わからない」の先に連れていってくれることと思います。
忘れいてた香りが内側からあがってくる気配を感じます。
それはどんな香りですか?