小説 『霧の夜』

         A
 揺れ動く人波の中で感じる苛立ちは一向に消滅しそうになかった。間の抜けた顔をした群衆の中で、僅かに疲労を感じる網膜にネオンサインの鮮明な原色が痛ましく生々しかった。
 今、自分に最もふさわしいものは沈黙であろう。大道の売卜師がわたしを呼び止めようとする。占いは無用。未来について語る虚妄は追憶の虚妄であるに等しく虚しい。
         B
  ――もう、八年も経ってしまった、・・・・

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