リチャード・カーペンター コンサートレビュー(2023年3月27日 ビルボードライブ大阪)
リチャード・カーペンターのコンサートに行ってきた。ライブを観るのはこれが初めてだ。今年2月にバート・バカラックが亡くなったとき、追悼の流れでカーペンターズのアルバムもあれこれ聞いていたのだが、そう言えばリチャード・カーペンターが来日すると思い出した。少し高めのチケット(カジュアルエリア¥18,500)だったが、これが最後のチャンスかもと考え、思い切って行ってみることにしたのだ。
私にとってのカーペンターズ
我々世代の「ロックファン」や私自身のようなシンガーソングライターファンの間でも、「カーペンターズが好き」などと言うのは少し小恥ずかしい──そんな風潮があったと思う。これは日本に限らず、世界中同じだったようだ。ハーブ・アルパートとジェリー・モスが創設したA&Mレコードに所属していた彼らは、創設者であるハーブ・アルパートのティファナブラスや、セルジオ・メンデス、バート・バカラックに代表されるようなサバービアな雰囲気のするレーベルカラーを継承していたが、そのサウンドは、「ロック」の範疇から見れば、「ポップすぎ」「ソフトすぎ」るものだった。
確かに、カーペンターズのオリジナルアルバムには、全編を通して聴くと中弛みを感じるようなものも多い。ただ、私にとって、彼らの音楽は初めて意識して聞いた「洋楽」であり、50年近くさまざまな音楽を聞いてきた中での「刷り込み」に近いものだった気がする。日本独自編集のベスト盤『ゴールデンプライズ第2集』(1974発表)を母が買ってきたのが始りなので、8歳か9歳の頃だろう。今にして思えば、そのときカーペンターズを聞いていなければ、今のような自分にはなっていなかったかもしれない。その後カントリーが好きになるのも、その頃聞いた"Jambalaya" やスティールギターが軽快な "Top Of The World" が刷り込まれていたからかもしれない。イーグルスの名曲 "Desperado"(「ならず者」)を初めて聞いたのも、実はイーグルスでもリンダ・ロンシュタットでもなく、カーペンターズの『Horizon』(1975年)に収められていたバージョンだった。そんなふうに考えると、今回、リチャード・カーペンターにお礼を言わなければいけないくらいだ。
過小評価されがちなリチャード・カーペンターの才能
人々がカーペンターズを語る時、話題はどうしても32歳という若さで亡くなったカレン・カーペンターのことが中心になる。しかし、作曲家としてアレンジャーとして、リチャード・カーペンターはポピュラー音楽史に残る優れた才能の持ち主だと思う。70年代、まだ20代の若さで、LAの名うてのスタジオミュージシャン、いわゆる「レッキングクルー」をプロデューサーとして使いこなしていたその手腕は、ブライアン・ウィルソンに比肩するものだろう(ブライアンほど狂気的ではないが...)。
そのことは、彼がアレンジしたカーペンターズの初期の大ヒット "Close To You"(「遙かなる影」)とこの曲の作曲者であるバート・バカラック自身がアレンジしたディオンヌ・ワーウィックの64年のバージョンを聴き比べてみればよくわかる。カーペンターズのバージョンを特徴付けている、あの印象的なイントロのピアノフレーズ、そしてエンデイングのコーラス部は、リチャードが創り出したものだ。これにはバカラック本人も自分のものよりはるかに優れていると舌を巻いたという。元々銀行のCMソングだった"We've Only Just Begun"(「愛のプレリュード」)や"Rainy Days and Mondays"(「雨の日と月曜日は」)を書いたポール・ウィリアムスにしても、カーペンターズのバージョンがなければ、その後のソングライターとしての名声を得ることはなかったかもしれない。
別の意味での「弾き語り」ステージ
とは言え、私自身、最近のリチャード・カーペンターの動向に特に気を配っていたわけではない。今回の来日に関してもあまり前知識はなく、リチャードの娘2人がボーカルで参加するらしいという程度だった。多分、娘たちがカレンのパートを歌いつつ、リチャードがハーモニーを付けたり、場合によって多少リードボーカルをとったりするのかな、そんなふうに勝手に想像していた。リチャードはカーペンターズの初期の作品ではリードボーカルも結構とっていたし、何よりカレンを支える彼のボーカルハーモニーはカーペンターズのサウンドを特徴付けるものだったからだ。
この日のビルボードライブ大阪のステージは、中央にカーペットが敷かれ、そこにグランドピアノが置かれていた。ピアノの右にはゆったりと座れるようなソファ、その横にはランプシェードがついた電気スタンドや観葉植物。ちょうど、キャロル・キングが2000年代半ばにおこなった「ザ・リビングルーム・ツアー」のようなセッティングだった。
そんな中、大きな拍手に迎えられ登場したリチャード・カーペンター。腰は少し曲がり、ステージへ向かう足取りはやや心もとない。そうしてピアノの前に座った彼は、おもむろに "Close To You" を弾き始めた。ボーカルはなく、軽いタッチでピアノを弾いていくのだが、彼の指がそのメロディを奏でるうちに目頭が熱くなってきた。続く "Superstar" と "Rainy Days and Mondays" のメドレーでも、同じように涙腺が刺激される。自分の中に隠れていた何かを呼び覚ます、条件反射のような感覚だった。その「何か」は、記憶の中にあるカレンの歌声、そして若くして彼女が逝ってしまったことへの痛みなのかもしれない。とりわけその感情を強く感じたのは、極端なダイエットを始めた70年代半ばのカレンの心情を表したと言われ、彼女が最も好きだったという曲 "I Need To Be In Love" (邦題「青春の輝き」)だった(この曲の邦題は、歌詞の内容からするとかなり的外れ)。
リチャード本人が意図していたかどうかは分からないが、彼がインストゥルメンタルで演奏をすることで、自ずとカレンの歌声が蘇ってくるように感じられた。実は、リチャードは一昨年(2021年)、『Richard Carpenter’s Piano Songbook』というピアノソロアルバムを発表していて、今回のツアーはその流れを汲んだものだった。リチャードが各曲のエピソードを語りながら演奏していくというスタイルで、通訳も入っていた。例えば、3枚目のアルバム『Carpenters』に収められていた "One Love" という曲は、当初 "Candy" というタイトルだったという。デビュー以前の60年代半ば、リチャードが作詞パートナーでもあるジョン・ベティスとディズニーランドで演奏していた頃、そこにいたキャンディという可愛いウェイトレスのために書いた曲だったが、女性のカレンが歌うにあたって歌詞とタイトルを書き替えた、そんなエピソードが語られた。
Feels Like Home
セットの中程には観客とのQ&Aコーナーも設けられていた。3人ほどの観客が質問をしたが、その中で一番興味深かったのは、「"I Need To Be In Love"(リチャードとアルバート・ハモンド、ジョン・ベティスの共作)でのアルバート・ハモンド(「カリフォルニアの青い空」の作者)とリチャードの分担はどのようなものだったか?」という、初老の男性の質問だった。これについてリチャードは、「良い質問だ」と笑いながら、曲の最初の部分はアルバートが作り、あとは自分が仕上げたと答えていた(ジョン・ベティスは基本的に作詞担当)。
後半になると、事前の情報通り、リチャードの30代の娘2人、トレーシーとミンディが登場して "I'll Be Yours" と "Top Of The World" を歌い、さらにその後、末娘のメアリーも登場して "Jambalaya" をカラオケ演奏で歌った。それぞれの娘たちの歌は正直なところプロレベルとは言いにくいものだったが、サビの部分で姉妹がハモると俄然良くなり、少しだけウィルソン・フィリップスを彷彿させるものがあった。リチャード自身「娘たちが音楽に携わっていることがとても嬉しい」と語っていたが、小ぶりな会場やそのセッティング、そしてリチャードの話から感じられる彼の人柄も含め、今回のステージはまるで私たち観客がカーペンター家にお邪魔してホストの思い出語りを聞いている──そんなアットホームなステージだった。
現時点のリチャードのピアノ自体は、技巧的にはさほど特筆すべきものはないと思うし、彼よりうまくカーペンターズ・ナンバーを弾けるピアニストはあまたいるだろう。それでも、あのリチャード・カーペンターがピアノを弾いているというだけで、彼と同じ時間、同じ時代を共有できたという特別な感慨があった。年老いた彼の姿を見るのは淋しくもあったが、ステージからの去り際、しっかりと握手をしてくれたリチャードの手はとても温かいものだった。
[Set List]
1 - (They Long to Be) Close To You
2 - Medley: Superstar / Rainy Days and Mondays
3 - One Love
4 - I Need To Be In Love
5 - We've Only Just Begun
6 - Medley: Sing / Goodbye To Love / Eve
7 - For All We Know
8 - I'll Be Yours (Vocals by Tracy and Mindi)
9 - Top Of The World (Vocals by Tracy and Mindi)
10 - Jambalaya (Vocals by Tracy, Mindi and Mary)
11 - Only Yesterday
[Encore]
12 - Yesterday Once More
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