新譜レビュー:Brent Cobb 『Southern Star』
今回は比較的新いアーティストによる新しいアルバムを紹介したい。ブレント・コッブは1986年生まれ(現在37歳)、アメリカ南部ジョージア州出身のシンガーソングライターだ。メジャーデビューは2016年だが、私が彼の名を知ったのはほんの数カ月前。ルーツミュージック関係の音楽記事でだったと思う。興味を持ったのは彼の名前ゆえだった。ジョージア州出身のコッブと聞いて、「もしかして、J.R.コッブの息子⁈」と思ったのだ。J.R.コッブは、70年代のサザンロックの一翼を担ったアトランタ・リズム・セクション(ARS)にいたギタリスト。しかし、調べてみると、ブレントはJ.R.コッブとは全く関係がなかった。ただ、その時発売予定だったこのアルバムからの先行発表曲を聞いて、南部の匂いたっぷりの曲調と歌い方にかなり惹かれてしまった。若い男性アーティストの新作にこんなふうに惹かれるのは久しぶりだった。
ARSのJ.R.コッブとは全く無関係だったが、ブレントの従兄弟デイヴ・コッブは、カントリー/アメリカーナ系の音楽プロデューサーとしてその筋では知られた存在の人。今回リサーチするまで私自身は知らなかったのだが、シューター・ジェニングス(ウェイロン・ジェニングスの息子)のほとんどのアルバムを手掛けているほか、ジェイソン・イズベルやブランディ・カーライルなどのプロデューサーとしてグラミーも受賞している才人だ。
ブレントのデビューのきっかけを作ったのもデイヴ・コッブだったという。プロデューサーとしてLAで頭角を現して始めていたデイヴが、地元ジョージアのローカルバンドのフロントマンとして活動していたブレントをLAに呼んで短期間で録音したのが彼の最初のアルバム『No Place Left to Leave』で、2006年に独立レーベルから発表された。しかし、その当時は特に評価を得ることもなかったようで、その後、ブレントは知り合いだったカントリーシンガー、ルーク・ブライアンの勧めでナッシュビルへ移住。音楽出版社との契約を取り付け、ソングライターとして活動を始めるようになる。そうしてカントリーアーティストに曲を提供しながら、ナッシュビルで数年間地道に活動を続けたブレントは、2016年、再び従兄弟デイヴのプロデュースのもと、エレクトラ傘下にあるデイヴ自身のレーベル、ロウ・カントリー・サウンドから『Shine On Rainy Day』というアルバムでメジャーデビューを果たす。このアルバムは米カントリーチャートで17位のヒットになったほか、グラミー賞の最優秀アメリカーナ・アルバムにもノミネートされたという。
その後2年に1枚のペースでアルバムを発表してきたブレント・コッブにとって、新作『Southern Star』はインディーズ時代も含めると6枚目のアルバムとなる。4作目のアルバム『Keep 'Em on They Toes』発表後ナッシュビルを後にして故郷のジョージアに戻ったというブレントだが、この新作『Southern Star』は故郷の生活への愛着が滲み出るような作品になっている。ジェシ・ウィンチェスターの作風、あるいはグレン・キャンベルがヒットさせたアラン・トゥーサンの曲「Southern Nights」を彷彿させる冒頭のタイトル曲「Southern Star」でブレントはこう歌う。
2曲目の「It's A Start」も同じような傾向の曲だ。
いくら南部とは言え、2020年代の今、こんなルーラルアメリカの生活が30代の若い男性の身近にあるものなのか? 昔の音楽が好きな若者による、一種のファンタジーあるいはフェイクではないか? 70年代のレイナード・スキナードのメンバーを思わせるブレントの風貌もあって、最初はそんなふうにも思った。ウィキペディアには「彼の音楽スタイルは『ブルーカラー・カントリー(労働者階級のカントリー)』と言われている」ともある。2000年代以降のカントリー音楽シーンの状況については詳しくないが、ここ何年もの間、昔以上に労働者階級のカントリーをある種商業的に前面に押し出しているようなアーティストが多い気がする。それはアメリカ社会の二分化とも無関係ではないだろう。北部の富裕層を非難する曲「Rich Men North of Richmond」で今年(2023年)の夏に全米で話題となったオリヴァー・アンソニーなどは、その極端な例だろう。
しかし、ブレント・コッブの音楽は、そういった商業的あるいは政治的な匂いのするものとは一線を画しているように思える。過去の作品はまだあまり聞いていないが、少なくとも『Southern Star』を聞く限り、政治的・社会的な主張を持ったような曲は見当たらないし、商業的に媚びたような匂いもしない。ただ、故郷である南部での素朴な生活とそこをルーツとする芳醇な音楽──カントリー、ゴスペル、ブルース、ソウル、そして、そこに暮らす自分の周りの人々を純粋に愛している、そんな感じなのだ。
ブレント・コッブは、自ら起こしたレーベル「Ol’ Buddy Records」から自らのプロデュースで発表する今回のアルバムの収録場所として、ジョージア州メイコンにあるキャプリコンーン・レコーディング・スタジオを選んでいる。オーティス・レディングを始めとするサザンソウルやオールマン・ブラザーズ・バンドを筆頭とするサザンロックの曲やアルバムが数多く制作されたスタジオだ(長年閉鎖していたが、2015年にミュージアムを兼ねる形で再興された)。彼はジョージア産の音にこだわり、ほとんどのバックを地元ジョージアのミュージシャンで固めた。「今もメイコンで活動している南部のミュージシャンに光を当てたかったんだ」。彼はこう語る。「このアルバムでは『エクレクティックな(=折衷スタイルの)南部サウンド』をものにしたかったんだ。実際にその中にいなければ、そのサウンドは捉えることはできないと思うんだ」(Brent Cobb ウェブサイトより)
彼のこの言葉を証明するかのように、アルバムは古き良き南部の香りのするサウンドに溢れている。前述の2曲のようにミディアム調のレイドバックした雰囲気の曲が多いが、「Livin' the Dream」「'On't Know When」「Devil Ain't Done」といったリトルフィートを思わすようなニューオリンズファンク風の曲も魅力で、南部訛りのブレントの声が韻を踏んだ歌詞から生む出すファンキーなリズムが心地よい。「'On't Know When」のピアノなどは、ザ・バンドの「Rag Mama Rag」のガース・ハドソンのピアノをも彷彿させる。
南部を讃える歌と言っても、ブレント・コッブの場合、70年代のサザンロックによくあったようなアンセム的な南部讃歌とは少し違う。時代背景ももちろん異なるわけだが、時代性の違いというよりは、彼の場合、皆で声高に歌う歌というよりは、もっとパーソナルでダウントゥアースな(地に足が着いた)雰囲気に満ちているのだ。
パーソナルという意味で言えば、例えば、ウェイロン・ジェニングスの作風を感じさせる「When Country Came Back to Town」はある種自伝的なストーリーになっている。「カントリーが町に戻ってきたとき」に自分もそこにいれて良かったと歌われるこの曲では、ブレント自身が曲を提供してきたアーティストや仲間のミュージシャンたちの名前が歌いこまれている。商業的なカントリーではない、本物のカントリーミュージックの復活を讃えるこの曲のテーマは、ナッシュビルを去って地元に帰ったブレント・コッブと、70年代半ばにナッシュビルに反旗を翻す形でテキサスに戻って活動を展開したウィリー・ネルソンやウェイロン・ジェニングスらのアウトローカントリーの流れとの共通点を感じさせる。
故郷である南部を心底愛しながらも、そんな故郷を客観的に見る目も感じられる。アルバムの中で私が最も心に深くしみる味わいを感じたのは「Miss Ater」という曲だ。この曲はコッブのオリジナルではなく、サリー・ジェイというやはりジョージア出身の女性シンガーソングライターの曲で、さまざまな登場人物の日常の些細な喜びや悲しみが語られるのだが、サビの部分は次のように歌われる。
タウンズ・ヴァン・ザントの作風をも思わせるストーリーテリングの妙が、周りから取り残された南部の小さな町の悲哀を淡々と表現していて、コッブがこの作品を取り上げた理由がよくわかる気がする。それは、決して人の気持ちを扇動するようなものではない。不平や不満を声高に叫ぶのではなく、むしろそれに耐えながらも懸命に人生を生きている人々の姿が歌われている。しみじみと心の奥底に響いてくる歌だと思う。
今どき珍しいほど、「歌」を感じさせてくれるアーティストに久々に出会えた気がする。