44年後の感慨:ドゥービー・ブラザーズ「Keep This Train A-Rollin'」
先日、note仲間のよっしーさんがドゥービー・ブラザーズの76年のアルバム『Takin' It to the Streets』(邦題『ドゥービー・ストリート』)について書かれた記事(下記)を読んだ後、それに感化されてマイケル・マクドナルド期のドゥービーのアルバムを順番に引っ張り出して聞いていた。
『Takin' It to the Streets』から順を追ってBGM的に何げなく聞いていたのだが、そんな中で今まで気にしていなかったある曲の歌詞が耳に留まった。それは、解散前のラスト・スタジオアルバム『One Step Closer』の中の一曲「Keep This Train A-Rollin'」だった。
『One Step Closer』(『ワン・ステップ・クローサー』1980年)は、評論家の評価も、ファンの人気もいまひとつ高くないアルバムだろう。前作『Minute by Minute』(1978年)の成功後、メンバーが大幅に入れ替わり、かつてのドゥービーサウンドとは完全に異なる、「マイケル・マクドナルド・バンド」のような音になった作品だからだ(前作『Minute by Minute』には、パット・シモンズのアコースティック要素や、かつての「ロック」なドゥービーのサウンドを意識的に取り入れた(と思える)曲、ジェフ・バクスターに特徴的なジャズっぽいギターソロなど、マイケル要素以外の聞きどころも多かった)。『One Step Closer』は、ビルボードチャートで3位まで上がってはいるものの、売上全般で言っても全米1位を獲得した『Minute by Minute』にはるかに及ばなかっただろう。
ただ、当時、「What a Fool Believes」でドゥービーを知り、それ以前の作品を「後追い」していた私にとって、『One Step Closer』は、初めての「待望の新作」だった。そういう意味で、このアルバムにはそれなりの思い入れがある。その頃、世の中には、ロビー・デュプリーの「Steal Away」をはじめ、日本のアーティストに至るまで、「マイケル・マクドナルド風サウンド」が氾濫していた。そんな中で出たファーストシングル「Real Love」には、「さすが!本家本元」と唸らされたものだった。生半可な「AOR」とは違うソリッドな響きがあったからだ。
『One Step Closer』発表翌年の81年、ドゥービーは新生ラインアップ(ベースはアルバム発表とほぼ同時にタイラン・ポーターから、ウィリー・ウィークスに交代していた)で来日、私の地元、京都でも公演が行われた。その頃までにトム・ジョンストン期のドゥービーも十分好きになっていた私は「今のメンバーでトム期の楽曲も満足いくものになるのだろうか」という一抹の不安を持って臨んだのだが、そんな不安を吹き飛ばすくらい、高校1年の私にとっては本当に素晴らしいコンサートだった。トムやパットの曲とマイクの曲が違和感なく共存していた印象で、「まだまだいけるぞ、ドゥービーズ!」と思ったものだ。「Take Me In Your Arms」はマイケルのリードヴォーカル、「Jesus Is Just Alright」のヴォーカルソロはコーネリアス・バンパス、「Listen To the Music」はキース・ヌードセン、「China Grove」や「Long Train Runnin'」は、パットがリードヴォーカルだったと思う。
この来日時に『ミュージックライフ』誌に掲載されたインタビュー記事では、マイクやパット、コーネリアスらがそれぞれソロアルバムを作っていて「それらのアルバムタイトルは『Ego Trip』( 「自己満足」の意味)だ!」とキース・ヌードセンがおどけた調子で話していたのを覚えている。しかし、それから数カ月後にパット・シモンズの脱退が伝えられたときはショックだった。その時のことははっきりと覚えている。地元のKBS京都テレビで当時やっていた「Pops in Picture」という「ベストヒットUSA!」の先駆けのような番組で、司会の川村ひさしさん(テレビ番組『ヤングおー!おー!』の司会も担当していた人)が速報のような形で伝えたのだった。
このように個人的に思い入れがある『One Step Closer』だが、冷静に判断すれば、確かに魅力のある楽曲に乏しい。アルバムのベストトラックと言えるのは、前述の「Real Love」とタイトル曲の「One Step Closer」くらいで、実際この2曲はシングルカットされている(前者はビルボードシングルチャート5位、後者は24位)。そのほかに佳曲と思えるのは、マイクがどういう成り行きかポール・アンカと共作した、アルバム冒頭の「Dedicate This Heart」(「このハートをあなたに」)、そして、当時、他人とのコラボレーションが多くなっていたマイクにしては珍しく単独名義の作品「Keep This Train A-Rollin」くらいだ。それ以外の曲は、決して悪いわけではないが、シングルヒットするような魅力には乏しかった。多少意地の悪い言い方をすれば、マイク以外のメンバーが作った曲は、「One Step Closer」を除いては、マイクの曲を引き立てるためにあるとさえ言えるくらいだ。
今回、このアルバムを何げなく聞いていて、「Keep This Train A-Rollin」のところで耳に留まった歌詞は、サビの「We're gonna keep this train a-rollin'」の次の「We ain't gonna break down on this highway」(僕たちは、このハイウェイの上で壊れたりはしない)だった。「はて?」と思って改めてインナースリーブの歌詞カードを見てみた私は、今まで40年以上見逃していた事実に気が付いた。この曲はこの時期のドゥービーを背負って立たなければという、マイケル・マクドナルドの決意表明だった。
特に話題に上がる曲でもなかったため、この歌詞には今まで注意が向いていなかった。曲調自体は、マイクのドゥービー時代の代表曲のひとつ「Takin' It To The Streets」や「Here To Love You」を彷彿させる、ニューオリンズのセカンドラインのリズムをフィーチャーしたもので、軽快なコンガやリズムギターの響きもあって、あまり悲壮感などは感じさせない。しかし、元来、生真面目と思えるマイクの性格を考えながら歌詞を吟味すると、結構追い詰められた状況を歌っていることがわかる。
ここで歌われている「this train」は、間違いなくドゥービー・ブラザーズというバンドのことだろう。ところどころに織り込まれている「long」という言葉も含め、このフレーズはバンドの代名詞とも言える曲「Long Train Runnin'」を彷彿させる。「We ain't gonna break down on this highway」というフレーズの「highway」は、やはり初期のバンドを象徴する曲「Rockin' Down the Highway」を持ち出すまでもなく、オリジナルメンバーたち自らもバイカーで、バイカーたちの間で人気が高かったこのバンドのオリジンを感じさせる。「train」なのに「highway」を走るのは本来不自然だが、隠喩としてこの言葉を含ませたかったのだろう。
元々はサイドマンとして参加したシャイな青年が、その才能ゆえに、図らずも超一流バンドのフロントマンになってしまった ── 一見シンデレラストーリーのように思えるこの展開の中でマイクが背負っていたプレッシャーはいかばかりだっただろう。人気が高かった前任者(=トム・ジョンストン)とも、ことあるごとに比較されたはずだ(実際、私の周りにも、マイケル・マクドナルドに否定的な初期ドゥービーファンは多い)。89年の再結成時に出たバンドの公式ヒストリービデオ『Listen to the Music』では、オリジナルメンバーのジョン・ハートマンが、『Minute by Minute』後に脱退した理由について、「すべてが仕事になったんだ。そこには何の楽しみもなかった」という主旨のことを語っていた。『Minute by Minute』の大ヒットがあったからかどうかはわからないが、この頃から、バンド内そして音楽業界全体を取り巻く環境も大きく変わってきたはずだ。
そんなバンド内外の力学や、マイクが「Keep This Train A-Rollin」で歌った決意表明を意識しながらアルバム『One Step Closer』を改めて聴くと、今まで気が付かなかった景色が見えてくる。アルバムには、フロントマンたるマイクやパットの曲だけでなく、新メンバーのコーネリアス・バンパスのオリジナルや、チェット・マクラッケンとジョン・マクフィーの共作になるインストゥルメンタルも収録されている。バンパスとマクドナルドがリードヴォーカルを分け合うタイトル曲は、キース・ヌードセン、ジョン・マクフィー、カーレン・カーターの共作だ。これは、前のバンド、クローヴァー時代にイギリスのパブロック勢とつながりのあったマクフィーのコネクションから生まれたものと推測される(カントリーミュージックの名家カーターファミリーの3代目にあたるカーレン・カーターは、当時ニック・ロウ夫人だった)。
前述のように、アルバムタイトル曲以外は、これら他メンバーの作品にあまり魅力は感じられない。パット・シモンズの作品ですらそうだ。一見民主的と思えるこれらの選曲は、中途採用で出世してリーダーに抜擢されてしまったマイクなりの苦肉の策だったのではないだろうか。性格の良い組織のリーダーが「気負い」から犯しがちなミスである。この後82年に出たマイクの事実上初のソロアルバム『If That's What It Takes』がサイドメンを適材適所に使った見事なプロダクションだったのとは対照的だ。
マイクが「Keep This Train A-Rollin」という曲を最初にバンドに持ってきたとき、パットやタイランらの古参メンバーはどう感じたのか? それを考えると少し複雑な気持ちになる。上に貼った81年当時の「The Tonight Show」の映像では、「One Step Closer」の演奏が終わった後、司会のジョニー・カースンがパット・シモンズにこう質問している。「10年も一緒にやってきて、ソロでやろうとか、解散しようとか思わないの? まだ一緒にやるの?」。それに対してパットは、「We're gonna try to(頑張ってそうするつもり)」と答えている。その会話の後に演奏されるのが「Keep This Train A-Rollin」なのだが、これは演出だったのだろうか。ちなみに、この曲は、アルバムからの3枚目のシングルとしてカットされてはいたようだ(全米62位止まり)。
前述のヒストリービデオによると、パットが脱退を告げた後も、マイクは他のメンバーたちを集めてツアーを続けるべくリハーサルを試みたという。しかし、いざ集まってみると、オリジナルメンバーが誰一人いない中でこれ以上ドゥービー・ブラザーズを名乗ることは出来ないという現実を思い知らされたのだという。
この時期マイクがどういう心境だったのか非常に気になるところだが、タイムリーなことに、つい先日(5月21日)マイクの初の公式自伝『What a Fool Believes: A Memoir』が発売された。もっとも、実際の文章を書いたのは、ポール・ライザーという人だ。この人について私自身は知らなかったのだが、『ビバリーヒルズ・コップ』などにも出演していた有名なコメディアン俳優兼ライターだそうだ。ドゥービーやマイクのヒストリー本は今までにもいくつか出ているはずだが、今回はマイク本人の自伝ということで大変興味深い。電子書籍でも購入できるが、アナログ派の私はハードカバーの方をポチってしまった。米国からの出荷なので到着までは2〜3週間かかりそうだが、今から楽しみにしている。
この自伝の発売に合わせて、マイクとポール・ライザーは、ここのところメディアにも頻繁に登場しているようだ。去る5月21日には、かつてジョニー・カースンが司会をしていた時にドゥービーズが出演した「The Tonight Show」に出演。自伝発表にいたったエピソードを楽しそうに語っている。インタビューの最後には、現在の司会者ジミー・ファロンに促されて、「Takin' It To The Streets」をファロンと一緒に歌う一幕も。ここでのマイクは非常にリラックスした様子で、声にも伸びがある。
実は、昨年、マイクが参加したドゥービーの来日公演(大阪)では、マイクの気負いすぎたような歌い方が非常に辛そうに聞こえてしまった。マイク自身のソロアルバムについても、私自身、前述のファーストアルバム以外、100%満足のいく作品はない。セカンドアルバム以降は、彼の気負ったヴォーカルにしんどさを感じてしまう楽曲が多いのだ。一般に評価の高いモータウンカバー集ですら、あまり馴染めない。
ドゥービーは、今年もこの6月から10月までマイクを加えたツアーの予定がびっしりと詰まっている。しかし、正直なところ、マイクにはあまり気負わず肩の力を抜いたソロ公演を気の向いた時にやるくらいにしてほしいというのが私個人の願望だ。元来の真面目な性格ゆえ、年齢のことも考えれば、あまり頑張りすぎないようにしてほしい。
今回「Keep This Train A-Rollin」の歌詞を再認識したことで、改めてそんな感慨にふけってしまった。
※本記事のヘッダー写真は、ノーマン・シーフの写真集『Sessions!』より。『One Step Closer』プロモフォトセッション時のもの。