ジャクソン・ブラウン コンサート雑感(2023年3月20日 大阪) [セットリストあり]
ジャクソン・ブラウンが6年ぶりの来日ツアーを行なっている。その初日(3月20日)、大阪フェスティバルホールでのコンサートを見た。彼のライブに行くのはこれで6回目と思うが、今回の感想を一言で表現するならば、「穏やかな感慨」といったところだろうか。
一抹の不安
私がジャクソン・ブラウンをリアルタイムで聞き始めたのは、14歳のとき。80年の『Hold Out』から。一般的に人気・評価の高い彼の70年代の作品群から少し遅れてだった。もっとも、すぐに70年代の作品を後追いしたので、実質的にジャクソン・ブラウンの音楽が青春の道標だったと言っても過言ではない。ジャクソンの初期の曲には、自分が歩んで来た道が正しいのか自問自答しながら、それでも前へ歩み続けようとする──そんな若者の姿がよく描かれていたが(例えば、"These Days"(邦題「青春の日々」)や "Farther On"(「もっと先に」)、"Running On Empty"(「孤独のランナー」)など)、そこに自分を重ねていた。
今回、会場を埋め尽くした客層は、見たところ50代後半から70代。訪れた人たちの多くが、私と同じように自分の人生を重ねながらジャクソン・ブラウンの音楽を聞いてきたことだろう。そういった「オールドファン」が多いアーティストのコンサートの場合(今、私が行くのは大抵そういった類だが...)、すごく盛り上がるか、ちょっと複雑な気持ちになるか、そのいずれかが多い。昔の曲を昔と変わらぬ熱量で聞かせてくれれば大いに盛り上がるが、声が衰えていたり、バンドとの一体感が感じられなかったりすると、やはり淋しさを感じてしまう。
アーティスト側にも、恐らくジレンマがあると思う。新しい曲を演奏したいし、聞いてほしいけれど、聴衆が求め、喜ぶのは昔の曲ばかり... 普遍的なラブソングやアンセム的な曲が多いアーティストなら、まだそれでも良いのかもしれないが、メッセージ性が強い曲を書くジャクソン・ブラウンのようなアーティストの場合、本人が今歌いたいテーマと聴衆が求める曲との間にギャップが生じてしまいがちだ。ジャクソンと同世代のシンガーソングライターでも、短編小説のような曲を書き、結構楽しんでカバーも演ったりするジェイムズ・テイラーのような人であれば、歳をとってもそのままの姿を受け入れやすいのだが、「永遠の青年」のイメージがあるジャクソン・ブラウンの場合、歳をとった姿を受け入れづらい、そういう側面もあると思う。
私自身、長年のファンとして彼が発信するメッセージをできるだけ理解しようと「努めて」きたつもりだが、正直なところ、80年代以降、彼が積極的に発信してきた政治的・社会的メッセージを含む曲に対しては自分ごととしてさほど共感できたわけではないし、音楽的にもかつてのように純粋に心に響くものを感じにくくなったのは確かだ。かと言って、おざなりにファンが喜ぶ曲だけを駆け足で演奏してしまう(2015年のホール&オーツのコンサートはそんな感じだった)──そんなふうにもなってほしくない。
そんなわけで、ジャクソンも齢を重ねる中、彼のコンサートに行くのに一抹の不安を感じるようになってきて、前回の来日時(2017年)は行かずじまいだった。しかし、今回は「下手すると、これが最期になるかもしれない」という別の危惧もあった。彼と同世代のミュージシャンたちがどんどん鬼籍に入っていく中、ジャクソン自身も2020年にコロナに感染していた(幸い重症にはいたらなかったが)。
そんな中で迎えた今回のコンサート。結論から言うと、そんな私のようなファンの気持ちをある程度慮りながら、ジャクソン・ブラウンが今の自分の心持ちをあまり気負わず表現している──そんなふうに感じさせるものだった。
原曲の雰囲気を大切する配慮
コンサートは、名作『Late For The Sky』(1974年)のラストを締めくくる "Before The Deluge"で厳かに幕を開けた。ノアの方舟もしくは黙示録をモチーフにした地球環境破壊への警鐘ともとれる作品だが(CS&Nの「木の船」へのアンサーソングともとれる)、SDGsが声高に叫ばれる今の時代にも十分通じる普遍的メッセージを持つ曲だ。ジャクソン本人も自身のベストのひとつと捉えている曲だが、オープニングで演奏されるのを聞くのは今回が初めてだった。しかも、少し驚いたのは、アルバムに収録されているオリジナル同様、フィドル(バイオリン)がフィーチャーされていたこと。フィドルを弾いていたのは、2021年に新たにジャクソンのバンドに加わったジェイソン・クロスビー(デイヴッド・クロスビーとは無関係)。クロスビーは基本的にはキーボード奏者だが、彼がフィドルも弾くことで、デイヴッド・リンドレーがいた70年代の音に近いサウンドが蘇ってくる。
最近のジャクソン・ブラウンはこういったサウンドに意識的に狙いを定めているのではないか──そんなふうに感じられるところが随所にあった。今回のフィドルは意外な喜びだったが、2010年代半ばにグレッグ・リースをギタリストに迎えてからは、リースのラップスティールやペダルスティールがアルバムでもコンサートでもフィーチャーされるようになり、70年代のジャクソンの音に回帰する傾向が少しずつ出てきていた。オールドファンを喜ばそうとしているのか、そういう音がやはりしっくりくるとジャクソン自身が思ったのかは分からないが、デイヴッド・リンドレー的な音を意識しているのは確かだろう。ジャクソンは2000年代後半にリンドレーとデュオ形式でのツアーを行なっており、そこで自分の歌にはリンドレー的なものがやはり必要と感じたのかもしれない。3月初めのリンドレーの死について、ジャクソンが日本ツアーの直前に触れた投稿でも「デイヴッドが抜けてEl Rayo-Xを結成した後の僕のバンドでは、曲の構成は多かれ少なかれ彼が弾いたものがベースになっていた。各プレイヤーが自分の中のリンドレーっぽさを引き出すかどうかは、昔も今も彼ら次第だ」と語っている。
ベテランアーティストのコンサートでは、かつての名曲が異なるキーや異なるアレンジで演奏されることがままある。歳をとって原曲と同じキーでは歌いにくいという場合もあれば、いつも同じように演奏するのに飽きて新しいアプローチで演奏したいという場合もあるだろう。ただ、ファンとしては、長年慣れ親しんできた曲が異なるアレンジやキーで演奏されると、大抵はがっかりしてしまうものだ。その辺りを察したのかどうか、今回は特に各楽器のソロやリフなどで、原曲の音がかなり忠実に再現されているように感じた。アンコールのラストで"Take It Easy"と"Our Lady of The Well"をメドレーで繋げる、アルバム『For Everyman』(1973年)と同じ構成は2015年の大阪公演でも同じだったが、この2曲の間を絶妙に繋ぐペダルスティール・ソロは、原曲でスニーキー・ピートが弾いていた音をかなり忠実に再現しているように思えた。
ヴォーカルを引き立てる控えめな演奏
前回2015年に見たジャクソンは、正直なところ、少し声が嗄れて苦しそうに思えるところもあった。それから8年も経った今回、その点に関してはある程度覚悟していたのだが、意外にもさほど気にならなかった。昔の曲もほとんど原曲と同じキーで歌っていたように思う。静かなピアノで始まり、曲の後半でぐいぐいと盛り上がっていく"Fountain of Sorrow"(「悲しみの泉」)や"Late For The Sky"でも、最後に最高潮を迎える部分のヴォーカルハーモニーが見事に決まっていて、目頭が熱くなった。
今回全体にジャクソンのヴォーカルが無理なく聞こえたのは、バックの演奏による部分もあるかもしれない。先に述べた通り、グレッグ・リースが入って以降、アコースティック楽器の使用頻度が増えて音がまろやかになっていることに加え、バンド自体もやや抑えめな演奏になった気がする。マーク・ゴールデンバーグやケヴィン・マコーミックがいた2000年代、『Time the Conqueror』の頃のバンドは、タイトではあるが、どこか温もりや手触り感に欠けている印象があった。それに比べて今回のバンドは、少し「ゆるめ」でレイドバックしている。ドラムもリムショットで叩く曲が結構多く、軽めの音を敢えて演出しているように思えた。ベーシストがボブ・グローブだったことは終盤のメンバー紹介で知ったのだが(帽子にサングラスで気付かなかった)、80年代頃のグローブの弾むようなベースとは違い、かなり控えめなプレイに思えた。
とはいえ、エキサイティングな演奏がなかったわけではない。今回演奏面で最も印象的だったのは、メイソン・ストゥープスという比較的若いギタリストの"Doctor My Eyes"でのソロ。これに関しては、原曲にとらわれない大胆かつパワフルなフレーズで観客を盛り上げていた。
デイヴィッド・リンドレーへのトリビュート
ジャクソン・ブラウンがツアーを行うのは昨年9月以来。この3月に盟友デイヴィッド・リンドレーを亡くしてから初めての演奏がこの大阪公演だった。同じ3月には、90年代から数年前までキーボード奏者としてジャクソンのバンドを支えていたジェフ・ヤングも亡くなっていた(死因は未発表)。彼らの死についてジャクソンが何かコメントするのか注目していたのだが、前半中ほどで大切な友人を亡くしたと触れ、「僕がデイヴッドと共作した唯一の作品」と紹介して、『Hold Out』からの作品"Call It A Loanを聞かせてくれた。それに続いて、珍しく楽器を弾かないスタンドマイクで "Here Comes Those Tears Again"(「あふれ出る涙」)を歌った。『The Pretender』(1976年)に収められていたこの曲は、アルバム制作時に自殺した最初の妻フィリスに捧げられ、シングルカットもされた曲だが、ジャクソンが近年この曲をライブで演奏したのを見たり、聞いたりしたことはほとんどなかったので、嬉しいサプライズだった。
今回、この曲を亡くなった友人に捧げる意図で取り上げたのかどうかは分からないが、この曲と"Call It A Loan”の2曲は今回のステージでバンドの音が最もこなれていないと感じた。急遽セットリストに含めることにしたと考えてもおかしくはないだろう。
近作に見られた歌詞のトーンの変化
今回の大阪公演の選曲は、72年のファーストアルバムから2021年の最新作『Downhill From Everywhere』まで、ほぼ満遍なく新旧を取り混ぜたものだった。最新作からの3曲も昔の名曲と違和感なく共存し、曲の魅力を再認識することができた。このうち"Downhill From Everywhere"と"Until Justice Is Real"は、アルバムの中でもベストトラックと思える2曲で、いずれもバンドサウンドとしての一体感が感じられる演奏だった。
コンサートの後で改めて"Until Justice Is Real"の歌詞をよく見てみたのだが、ジャクソンの今の姿勢を象徴しているように思える内容だった。この曲は、ここ十数年アメリカで大きな社会問題となってきた黒人への人権差別問題を取り上げた曲で、調べてみると「Until Justice Is Real」(正義が本物になるまで)というフレーズは、「カラー・オブ・チェンジ」という黒人権利擁護団体が使っているもののようだ。("Until..."の歌詞にも「color of change」という一節が出てくる)
常に社会問題に目を向けてきたジャクソン・ブラウンだが、この曲(歌詞)のトーンはかつてのものとは若干違う。例えば、80年代、米国政府のニカラグアへの軍事干渉を批判した"Lives In The Balance"や、ブッシュ政権のハリケーンカトリーナへの対応を批判した"Where Were You"などは、怒りに満ちていた。これらの曲は、政権や体制に対する直接的な批判や問い掛けだった。しかし、"Until Justice Is Real"でジャクソンが問い掛けている相手は、彼自身のようにも聞こえる。この曲の一節でジャクソンはこう歌っている。
こんなちょっとしたトーンの違いを感じて、少し検索してみると、実際に彼がそのことに言及している最近(2021年)のインタビュー動画があった。
このインタビューで、「あなたは1人称で書いていることが多いですね。あなたの歌の目線は、あなた自身なのではと思わせるのですが...」と問われたジャクソンはこう答えている。「『you』(君)って歌うこともあるけど、その場合でもそれは『I』(僕)なんだ」「僕自身について歌っているか、僕自身に語りかけているかによるけれど、自分自身への問い掛けが必要なんだ。曲の最後に辿り着くには」
自分自身に問いかけるようなこういったトーンは、テーマは違えど、初期の作品にもよく見られたものだ。そして、そのトーンは内省的でやや穏やかなものに思える。ここ数年の彼のサウンドがリンドレーがいた頃の音に少し回帰していることも、これと無縁ではないかもしれない。
現在74歳のジャクソン・ブラウン。かつてのように特定の権力者にぶつけるメッセージではなく、自分に残された時間で一人でも多くの普通の人(= everyman)に「こんなことが起こっているんだ」と伝えていきたい──こんな彼の現在のスタンスが、今回のコンサートで感じた「穏やかな感慨」に繋がっているのかもしれない。
[セットリスト]
1 - Before the Deluge
2 - I'm Alive
3 - Never Stop
4 - The Barricades of Heaven
5 - Fountain of Sorrow
6 - Rock Me on the Water
7 - Downhill from Everywhere
8 - Call It a Loan
9 - Here Come Those Tears Again
10 - Linda Paloma
--Intermission--
11 - Until Justice Is Real
12 - The Dreamer
13 - The Long Way Around
14 - Sky Blue and Black
15 - In the Shape of a Heart
16 - Doctor My Eyes
17 - Late for the Sky
18 - The Pretender
19 - Running on Empty
[Encore]
20 - The Load-Out
21 - Stay
22 - Take It Easy
23 - Our Lady of the Well
[バンドメンバー]
・Bob Glaub (Ba)
・Mason Stoops (Gu)
・Greg Leisz (Gu, lap steel, pedal steel)
・Mauricio Lewak (Dr)
・Jason Crosby (Key, fiddle)
・Aletha Mills (Vo)
・Chavonne Stewart (Vo)
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