沈潜してゆくこと あるいは
しんと冴えた神経が、部屋の隅の異音を拾い、外をはしる車のフロントライトが一瞬照らした部屋の壁面を認識する。どこへも行けない魂が、塔の最上階にある部屋にとらわれているイメージが浮かび、僕はそれを僕の肉体に投げる。脳という小部屋に閉じ込められた僕のひそやかな思考。躰の枠を出て思考だけになる夢の世界に行きたいと思う。夢が現実に対してでなく、現実が夢に対して優位を持つ世界のシステムがやはり憎い。
かっ、と鋭い音をたててその錠剤は落ち、車輪の要領でキッチンをころがり横断し、冷蔵庫の下へと滑り込んでしまった。覗いて取ってやろうかとも思ったが、冷蔵庫の下というスペースはおぞましい。貧民街より暗く、ゴミ捨て場より汚れている。仕方なく錠剤の服用量を一粒少なくして、寝床につく。暗くつめたい木の床の上のしろい錠剤は、ゴキブリに喰われただろうか。そして僕と同じように、そのゴキブリをも眠らせるのだろうか。