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#12 黒い海の鼓動

 修学旅行の高校生として、ぼくは沖縄の海にいた記憶がある。修学旅行の唯一といっていい記憶である。夜、宿舎を抜け出してきたぼくは、砂浜に坐って海を眺めた。眺めた―といっても眼にはほとんど何も映っていなかった。灯もなく、対岸もない沖縄の海は、ただ黒々と波音を響かせていた。それは聴覚的に、触覚的に、初めて直観する海の姿だった。秋の暖かい沖縄の風が、ぼくの中に感傷ではなく希望のような、明るい感慨を芽吹かせた。海辺の町で育ったぼくは、今まで海と対峙することなく、凝視することなく、その存在をただ当たり前のものとして受け止めていたに過ぎなかった。そのとき、十七年の歳月をもってやっと、海と和解で来たような心持がしたのである。黒々として、全てを飲み込める膨大な自然を認め、そして、それは現在まで続くぼくの鮮烈で、原始的な記憶になっているとおもう。