【短編】滅びの練習

 夜になるといつも考えてしまう。この世界に横溢する図像情報が、触覚情報が、私の鼻腔から気管を通って肺へと音もなく浸潤する空気たちが、そっくりとどこかへ行ってしまって、ぱたり、と私自身が滅ぶのを。あるいは、父や母や近しい友人がやはりどこか遠くへ行ってしまって、永遠ともとれる喪失を迎えるのを。

 それはもちろん想像でしかないのだけれど、いつか起こる種類の事柄だ。想像であり覚悟未満の手触りで、私はそれを知覚する。喪失のぬったりとした沼に半身をとられながら、暗い空に灯りを探す。失うことを考えることで、イマの実感が、水面に上がってくる大魚の如く、ぼんやりと立ちあがってくる。失う練習をすることで、失うときの傷を浅くする。それは私の薄い胴体にヴェールを何枚も重ねて、防弾ベストを紡ごうとするような、無謀な作業のようにさえ思える。

 「"I like you." の"like"は"likes"みたいにエスはつけないだろう?」黒板を背にした私は演者だ。文法という法を順守せよと喧伝し、子どもたちを洗脳するプロパガンダ。正しいことだけを吐くつまらない道化。私は教室から生徒を解き放つ。「I likes you. なんだぜ。このアイはアルファベットのアイさ。何の意味もない糞ったれな文章だよな。この世界にファッキュー、ファッキューだ。Repeat after MEEEEEEEEE!!!!」