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僕とアートの相性が良い理由。

病院で発達障害かどうかの検査というか、なんかテストみたいなものを受けた時、「絵を見ておかしな所を言う」みたいなのがあって、それがめちゃくちゃ楽しかった。
絵というものは、描いたものの先に人がいて、何かを示唆している。
特に面白かったのは、本棚の絵だった。
描かれていた本棚の、一部は整頓されていたが、一部では乱れており、本が開いたまま置かれていたり、本では無い物が置かれていたりと、その本棚の持ち主がそこにいる様で、ずっと見入ってしまった。
その本棚の持ち主を描いた絵の作者の事も知りたくなったりした。
そのぐらい、濃密な、ストーリーテリング性のある絵に感じた。

僕は、本来ならば気にも留めない、壁の質感や、天井を見る事が好きだった。
天井を見て、「重力が反対になったら歩きにくいなぁ」と思う事を、子供の頃よくやっていた。
今思えば、本来見られる事のない天井を見て、人間の世界から解き放たれたような気持ちになっていたんだと思う。
見られる事のない天井、見られる事のない壁。
そういうものを見る事で、まるで初めてこの場所に降り立ったかのような気持ちになるのが、好きだった。
そういうのが転じて、壁や、特定の場所にアートが存在しているのを偶然発見してから、僕はアートが好きになった。
それらのアートは、見られる事も無く、背景となっていた。
その背景の中で自分だけが、そこに何があるのかを把握している事が嬉しかった。
そうした事もあったり、昔の友達とゴッホの絵を見たという事も相まって、僕は突然アートがとても好きになって、美術館が好きになった。
美術館に行けば、何かが飾ってあって、ひょっとしたら名の売れた画家の絵かもしれなかったし、ただ趣味で描いていた人だったのかもしれなかったが、それは自分にとっては関係なかった。
その絵の持つ物語やその人の溢れ出る感性が、僕は好きだった。
その中で、唯一、子供の描く絵だけが好きになれなかったこともあったが。
子供の描く絵は、どこか不純に思った。
やらされているというか、書き方が確立されているような、足並みがそろっているような感じがして、自分には不気味に感じたし、そういう世界構造が、悲しかった。

当然、アートを見ただけでは何も分からない。
結局のところ、自分が勝手にそう感じているだけで、繋がっている訳ではない。
だから結局、説明は必要という事ではある。
だけど、それらを全部抜きにして、その色の塗り方や、色合いが、雄弁に物語っているような感覚は、自分にとって、まるで会話しているかのように、繋がっている錯覚をもたらした。

その瞬間、自分は孤独では無かった。

だから、アートが好きだ。
会話よりも、ずっと自分に合っている。

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