食用粘土と好奇心が勝つ大らかな私
職場の人が、ウズベキスタン土産に食用粘土を買ってきた。
自分の好奇心の強さが際立ったし、「違う文化をいったん、まるっと受け止めれるのは、自分の強みだ」と気づくきっかけになった。
今日もネガティブ感情から、良い方向に変換しています。
食用粘土をいただく
「ウズベキスタン土産の食用粘土があるから、食べない?」と言われて、喜んでついて行った私。
ベージュの粘土と、青っぽい粘土の2種類あった。ベージュはいわゆるプレーンで、味はついてないそう。青っぽいのは塩味なんだって。
そういうのが好きそうな同僚を呼びに行き、記念に写真を撮ってから、さっそく実食!させていただく。
まずは、プレーンから。割ってくれてある一欠片を口に運ぶ。私は3cmほどの欠片を口に放り込んだ。なんか、ねっとりまとわりつく。噛んだら、噛んだところに粘土が貼りつく。。。味は、粘土だ。笑
「食べたことはないんですけど、土壁の味がする!」というのが、複数の人の感想。土壁の味って!笑 いや、知らんけど!ってみんな言う。
青い塩味の方も、続けていただく。同僚は、ちょっとやめとくって。
塩味は、しっかり濃い塩味で、こちらの方が食べやすい!!食べ始めはポリポリ噛む。ちょっとした、おつまみにもなるのでは?でもやっぱり、歯にねっとりまとわりつく。これをクリーミーと呼んでよいものか。なんかクセになる感じで、2個目も食べちゃう。
一緒に置いてあるピスタチオナッツもいただき、口直しさせてもらう。ナッツめっちゃうめー。ナッツって最高!ってなった。
食用粘土は妊婦さんが食べることが多いらしい。ミネラル補給に大切なんだろうね、という話をして、貴重な経験をさせてもらったことに感謝した。
食べる人と食べない人
こういうお土産は、食べる人と食べない人に分かれる。私は本当に、そういう機会がうれしくて、めっちゃいい経験!と飛びつく方だ。一緒に飛びついてくれる人もいる。
同僚の中には、にっこり笑って「いえ、大丈夫です~」と言う人もいる。そして、「うん、知ってます。笑。知ってるけど、一応聞きました。笑」というやり取りをちょいちょいする。
えー、だって、こんな経験珍しくて、めったにできないじゃないですか!!断られることはわかっているけど、あえて誘うようにしている。
世界の中心でモヤモヤを叫ぶワーク
そんなことを間にはさみつつ、仕事に励んだ一日だった。
そんな中、ふとネガティブ感情を発見する瞬間があった。まぁ、具体的なことは、ちょっと書かないのですが。些細なことです。
私、仕事は細かいほうなんだけど、「衣食住については、わりと、いや、めちゃくちゃ雑だな」と気づかされることがあって。モヤモヤした。
仕事からの帰り道、あー、久しぶりにモヤモヤする~と思って、またちょっとした視点の転換を図る。
最近、自分の中では「世界の中心でモヤモヤを叫ぶワーク」と呼んでみたりしている。
「私ってホント雑だー!」とか、「潔癖症の人からしたらホントありえなかったよなーーー!」という思いを放出する。
で、やっぱりモヤモヤするときって、私以外の誰かが判断の基準になっていて。他人の目で自分を批判している。
それに気づけたら、基準を自分の真ん中に戻す。
自分の真ん中に戻ってこれたら、ふと、違う視点で物事が見られるようになる。
「私はいろいろ、あんまり気にならない人なんだ。」
好奇心が勝つ
今回は、ちょうど食用粘土のときに、同僚から前向きな言葉をもらっていたので、助かった。
私が食用粘土の欠片を何の躊躇もなく口に放り込んだのを見て、食用粘土をぽりっと小さくかじった同僚は「思いっきりがいいな」と思ったらしい。その人は、いろいろ心配があったのかな。
私の感覚としては、「現地の人が食べているものだし、大丈夫」が土台にある。そう言うと「好奇心が勝つんですね」って同僚が笑った。
そう。好奇心が勝つんです。新しいものに興味津々なんです。新しい経験が大好きなんです。
郷に入りては郷に従う
ふと、昔のことを思い出す。
学生時代にオーストラリアでホームステイさせてもらった。ホストマザーがわりと食にこだわりのある人で、使う食材が、私には珍しいものが多かった。
ある日、夕食にレンズ豆が出た。オリーブオイルとバルサミコ酢で味付けして食べたんだったかな。初めて食べた。日本語でレンズ豆と呼ぶことも知らなかった。
まぁ正直、あんまり好みの味ではなかった。食感もあんまり得意ではない感じ。なんかボソボソする。でも、私はニコニコ食べていたと思う。
ホストマザーが「あなたは好みじゃない味のときは、にっこり笑ってるけど、感想を言わないね」と気がついた。めっちゃ見られてた!!
そのときに「好みじゃなくても、とりあえず食べるよね。それってすごい!どうやったら我が子もそうなるかしら?」と言われた。
単に、作ってもらったものを「嫌いだから食べない」と拒否する選択肢を、私は持ち合わせなかっただけなんだけど。笑。でも、褒められたのはうれしかった。
その時から、基本は変わってなくて。全く初めての食材でも、初めての味でも、そこの人たちが食べてるものだから、私も食べる。
「郷に入りては郷に従う」が私のモットーなのかもしれない。
それは、イギリスに居たときも、アメリカに遊びに行ったときも、変わらないな、と思ったことがある。
そこにあるものを知るのは面白いし、あるものを楽しむのが私だ。
大らかな人間
そういう思い出にひたっているうちに、「モヤモヤ」が自分の「良いところ」に変わった。
自分の感覚の雑な部分を、「いや、私は大らかな人間だ」と言ってしまえばいいし、「だから、いろんなものを受け入れられるのだ!!」と変換することに成功した。
現地の人が食べてるものだったら、何でも口にいれちゃうよ!
(前からちょっと昆虫食が気になってるけど、いざ昆虫を目の前にしたとき、私は食べられるんだろうか。)
誰かが「自分はこういうものだと思ってる」と言うなら、「そうなんだね」と、いったん受け止めれるのは、私の良いところだと思う。
「懐が深い」とか「心が広い」と言ってみようか。
自分の好き嫌いは、いったん置いといちゃうんだよね。自分を無くして、すぐ人に合わせてしまうんだよね。
まだ少し、そうやって否定的に見そうにもなるけど。
でも、今日もまた、ネガティブ感情から自分の強みを発見できたように思います。