役員決めのモヤモヤを見つめる
またちょっと前に書いてたものを載せます。
あはは。モヤモヤしてるなぁ!と思って。
もうちょっとしたら進展がありそう。とりあえず、モヤモヤを言葉にしておく。
殺伐とした空気
子ども会やPTAの次年度の役員決めの時期が近づいてきて、なんだか殺伐とした空気を感じる。
急に、いろんな人が、ネガティブな空気感を一斉に放つのだ。
あまりにも重たい空気が感じ取れて、え、そんなに!?と驚きを隠せない。
そんなに嫌なものなのか。
地域の行事の継続とその負担
どうも、うちの地域性の問題もあるようだ。
古くから残っているものが多い。その文化的な継続が、いよいよ世代交代を目の前に、崩壊しかけている。
お神輿を引いて回ったり、春秋に獅子舞が家々を訪ね歩いたり、みんなで餅つきをしたり、地域の避難訓練で豚汁の炊き出しをしたり、みんなで公園掃除をしたり。
まだ長女が小学校に入る前、遠目から見てたら、素敵な地域のつながりだな、と思っていた。
ところが、小学校に上がって、地域の行事が回る仕組みが見えるようになってきた。
そこにあふれるのは、負担と義務と強制と。
そりゃ、それだけ行事を動かそうと思ったら、かなりのマンパワーが必要ですわね。
義務と強制と
それを、みんなが前向きに力を出し合っているのならよかったのだけど。
いろんなところで見え隠れする、義務だけの動き。強制から逃げ切れずに、嫌々やっている人たちの口からこぼれる、とげとげしい言葉たち。
もうホント、重たくて。苦しくて。圧倒されてしまう。
役員になる人がもういない
子ども会の役員も、年度の後半に入り先が見えてきた。で、来年度の話。
もうね、役員になる人がいない。
今までに役員を経験した人たちは、永年免除で。きょうだいが何人いても、役員をするのは一回でいいとなっている。
過去に役員をやった人は、声をそろえて、大変だった!もう絶対やりたくない!!と言う。
私は、そこまで知り合いもいないので、直接聞こえてはこないけど。
不穏な空気が伝わってくる
今年度の子ども会役員のLINEグループで、なんか不穏な空気が伝わってくる。
誰々が不満があるらしい。ちょっと、ちくっと文句を言われた。不平等だ、と。
直接、声を聞いた人が、気持ちにダメージを受ける。お互いになぐさめ合ったりもするけど、なんとなく、やっぱり空気が重たくなる。
私はそんなとき、何もできずにいる。ただ不穏な空気にドギマギしたり、なんか罪悪感を感じてしまったり。
誰かからネガティブな意見を聞いた人が、それを言った人と話すきっかけを、自分が作ったような気がして。あぁ余計なことをしたかも、と負の思考ループ。
他人軸から自分軸に戻す
モヤモヤしてしまって、一人でずーんとなってしまいそうになる。
そこで、モヤモヤを見つめる。ついつい他人目線に軸を移しがちなのを、自分を中心に戻す。
いやいや。
私は直接は何も聞いてないんだ。
私が聞いたのは、「同じ役員の人が嫌な気持ちになった」ということだ。
その先の、文句をちくっと言った人のことは、私はよく知らないんだ。あくまで、言われた人から断片的に話を聞いている。
それって、二次情報でしかない。噂みたいなものだ。
私は、自分が直接聞いたことに集中するんだった。
私は、文句を言ってきた人のことを気にするのをやめた。
私にできるのは、言われて嫌な気持ちになった人を支えることだ。
おしゃべりで気分が軽くなる
結局、いろいろ煮詰まってきたので、今の役員で集まって相談することにした。
普段はLINEグループでやり取りしてるけど、こういうときは、顔を付き合わせて相談するのがいい。
それぞれの立場や考えの違いを擦り合わせながら、みんなで同じ方向を向いていける。
次の役員が決まるまで、殺伐とした空気は続くけど、とにかく、次につながるように頑張ることにする。
役員同士がいがみ合うような関係でないのが、本当に救いだ。
どうも、過去の役員の「大変だった!」は、役員内で仕事の押し付け合いがあったみたい。
お互いに協力できる方が、負担は減ると思うのにね。
強制的にやらされて、嫌々やってると、本当にちょっとしたことでも嫌になるし、全部否定的に見えるんだろうな。
そんなことが垣間見えた。
まだモヤモヤは続く
このモヤモヤは、まだポジティブに変換できてない。自分だけのことじゃないからかな。
とりあえず、「私は、自分で見聞きしたことだけ心配する」ということは言えるかな。
はぁ。ぼちぼち、やりすごします。