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あと3ヶ月自宅待機令が延長されると聞いたとき、今後3ヶ月食うに困ってる人はどうなるんだろう、と不安に思う一方、もうしばらく眠っていていいよ、と言われたような甘美な恍惚を覚えた。あと3ヶ月、従来のスケジュールを忘れて家でぼんやりしたり、好きなだけ退屈して突飛なことを考えても良い。その間に時間や空間の感覚が変容して、今までなかったような外界との特殊な交信方法が生まれることもあるのかもしれない。生活できる程度の収入さえあれば、3ヶ月の自宅待機は軟禁であると同時に竜宮城での時間のようにも思える。
秋からは別の州での仕事が始まる予定だが、自宅待機令が出ているのだから、教える仕事を遠隔でこなしながら、あとはカリフォルニアでぼんやりと過ごせるのかもしれない。そんな夢は雇用先からのメールによって打ち砕かれた。どうやら先方は遠隔授業どころか、学年交代で通学させながらの対面授業を再開しようと目論んでいるようだ。スローダウンしている世の中で、大学だけは従来の時間進行を遅らせまいと必死なように思える。雇用や給与の支払いも通常進行に依拠しているので文句を言う筋合いはないのだが、大学というのは、世の中にスケジュールを提供しているのだなーと思う。
気が小さいので、メールに竦み上がって途端に眠気が覚めてしまった。締め切り期間の短い目前のタスクを次々とこなすのは、ゲーム感覚で気休めにはなるが、1日中スクリーンを睨んで「生産的」な日を終えた後はどこかのっぺりして面白くない心持ちが残る。頭を切り替えたいのに、ぼんやりしている時思い浮かんだ有象無象も疲れているとちっとも出てこない。ふとカフカの作品を読みたい、と思う。昨今の大学で虫に変身したまま生きることはあまり許されていないらしい。