小説「験担ぎに託けて、カツが食いたいだけ」

「いただきます」

親元を離れて予備校で浪人生活を送っている僕は、この瞬間にたどり着くためにおよそ半年を要した。明日の共通テストは絶対にカツ。

地に堕とされた様な感覚。学校教育は「努力」の価値観を僕に前面に押し出すくせに、その「努力」が実らなかった後のストーリーには頑として興味がない。バカみたいなキラキラ言葉を並べた教師たちの謳い文句たちは、僕にはどんなポジティブも発揮させなかった。何で計られるでもない、ただ自分を認められるような、自己満足な結果を得たかっただけなのに、思いの他、僕は大学入試に拘泥してしまっていた。そんな訳で、僕は浪人という禁忌に手を出す。

禁忌は、本当に禁忌だった。まだ教科書の範囲も終えていない1個下の現役生相手に、僕はみたこともない偏差値を叩き出す。しかしそんな快感は、生活のすべてを来年の受験に総動員させた、先の見えない予備校寮で生活を送っている僕には、束の間でしかなかった。そんな僕に、ほんのささやかに時を忘れさせてくれるのが、エビカツサンドだった。

親から多大な援助を受けて浪人させてもらっているといえども、その申し訳なさと社会的な疎外感は、僕がコンビニで買い物をすることすら妨げる。今僕の目の前にある、このエビカツサンドは、総菜パンコーナーにある取るに足らないパンを3つ買ってもお釣りが返ってくるほどに、高価だ。手が届くはずがない。こんなものに手を出そうものなら、後悔と自己嫌悪で午後の講義「日本史演習」は路頭に迷ってしまうはずだ。絶対に買えない。買えないけど、買えないからか魅力的に見えてしまう。だから、寮の食事にありつけない昼飯は、ツナマヨおにぎりとチルドスイーツのたい焼きを握ってレジに行く。

「今日こそ買おうか、いや、やっぱり辞めよう」

「これを買える人ってどんな人なんだろう」
「これを買うことの優先順位が上がる時ってどんな時だろう」
そんなようなことを呆れるほど考えた。結局買えずに、でもその分なのか、成績は上がった気がする。

「あぁついに明日は共通テストか」

終わりじゃないけど、正念場。一年って短いなぁとか言うけど、ここまでの一年は長かった。めちゃくちゃに長かった。

やることをやり終えて、塾を後にした。コンビニに立ち寄ってみると、何気ない顔をした奴がいる。今日は…。そうか、今日は。

験担ぎに託けて、験担ぎを言い訳にして、僕はエビカツサンドを買った。僕にはエビカツサンドを買う動機が存在した。だから、買った。エビカツサンドの優先順位が取るに足らない惣菜パンよりも上がったんだ。ラッキ。

「いただきます」

でも、思ったよりは美味しくないか。

負けられない戦いなど存在しない。僕にとっては、言い訳のできない、この退路を断った選択肢こそが、すでに答えだ。今日エビカツを食べようが、食べまいがそんなのは関係ない。明日、もしものことがあったら、父さん母さんが、じいちゃんばあちゃんが、友人たちが、先生たちが、近所のおばさんたちが、寮長が、そして、過去の全ての僕が、どうにかしてくれるに違いない。それさえ分かっていれば、負けることなどない。

絶対にカツ。

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