【W】最近の推しについて
書くのきつい〜しんどい〜頑張らなきゃ〜
と、前々回くらいに喘いでいた気がするが、
そんな心配は杞憂でした。
一度軌道に乗ったら、進む進む、筆が自分の体力を超えて進んでいく笑。
書きたいことは次々思いつくのに体が追いつかないって、
ミドサーの切なさたるや…。もう若くないと気づき始めたお年頃。
先の三投稿で、自身の関心の変遷を辿った。
現在のわたしは、ルネサンスの萌芽を見出し得る、
13,14世紀イタリアで活動した彫刻家ピサーノ父子の作品を中心として、
そのあたりの時代にどんな文化的?思想的?社会的?変化があって
ルネサンスに行き着いたのかを、美術史に限定せず、
様々な角度から検討してみたいと思っている。
といってもルネサンスはフィレンツェで開花したもの以前に、
カロリング…、12世紀…もある訳で、それらも総体すれば、
「中世のあいだもあり続けた古典古代のエッセンスを辿る」
というのが、厳密なテーマと言えるかもしれない。
表向きのテーマはそれだが、もう一つ、こっそり裏テーマを設けている。
ずばり、「集団に染まらず、時代を先駆ける一撃を放つのは、どのような人物か」
社会人9年目。一度転職したため、これまで二つの組織を経験してきた。
業種や規模は違えど、いずれも歴史の長い「老舗」であり、
それぞれに企業文化なるものが、深ーく根を生やしている。
その根は社員たちの心にも濃密に絡みついていて、ときに恐ろしい集団心理となって、そこに染まらないものたちに襲いかかる。
我の強いわたしは、物心ついた時分からずっと、群れるのがどうも性に合わず、
どちらかというと一人で行動することを好んできた。
学生時代はその気楽さを謳歌していたが、働き始めたらそうはいかない。
わたしは安定を優先させて、フリーランス的職業に就くのではなく、組織に属することを決めた。一旦入社してしまえば、よほど悪さをしない限り安泰だ。
そのメリットを享受する代わりに引き受けるのは、集団のルールと人間関係。
歴史の長い大企業というのは、馬車馬のように働いて国も会社も上向きだった
頃の体制を捨てきれずに保守的な文化が蔓延っているもので、往々にして
トップダウン。下のものは意見を言わず、黙って上の言うことに追従するのが吉。
そんな旧態依然とした職場環境で、本性は我の強いわたしも鳴りを潜め、
基本は協調スタンスをとっている。それが目的(安定した生活を送る)に叶う行為
なら、従順柔軟な別人格もたやすく演じられるのが、INTJの性なのである。
(巷で一時期流行ったMBTI診断は85%くらいの確率で、INTJ=建築家と出る。特徴を読んでいても、当たっているなーと思う。)
空気を読み、大きな声に同調し、過去の慣例に習っておけば平和に過ごせる。
ただ、ときにはよりよい仕事のために、自分なりの正義を貫くことがある。
結果は、よい方向に転ぶこともあれば、煙たがられてしまうこともままある。
一旦集団の中でマイナスのイメージがつくと、なかなかそこからは抜け出せない。
知らないところで変な噂話など立てばなおさらだ。
肩身の狭い思いをして、日がな一日過ごさなくてはいけなくなる。
一対一の関係性の方が挽回はたやすい気がする。集団でのそれは容易ではない。
集団心理は恐ろしい(詳しくは述べませんが、実体験)。
主張する割に傷つきやすい面倒な属性をもつわたしは、
過去の失敗も相まって、ちょっと冷たくあしらわれるとすぐに引っ込む。
それなら初めから言うなよ、とは思うのだけど…カッコ悪いよね。
そんな恥ずかしい我が身とは対照的だから余計に惹かれてしまうのか…。
時代、地域、特定の集団の思想や文化に染まらず、自分の頭で考え導き出した答えを信じ、周囲の反応などものともせずに我が道を行くタイプの人。
歴史を学べばそういう人に結構出会える。
(そういう人たちが歴史を作ってきた訳で。)
関心対象の13, 14世紀でとりわけそのタイプに当てはまるといえば、
フェデリコ二世!!!現わたしの推しである。
(我が国ではフリードリヒ二世と呼ばれることが一般的かと思う。神聖ローマ皇帝だからドイツ語読みがスタンダードなのだろうが、わたしの中では彼はシチリア人。今後もフェデリコ二世(セコンド)と呼んでいきたい。)
フェデリコ二世が生きた13世紀は、西方教会の全盛期と謳われる。
また、孤児となったフェデリコ二世の後見人は、その絶頂に教皇として君臨していたインノケンティウス三世。
そんなキリスト教信仰の最も厚い時代に、
見たままを尊重する自然主義的な考え方をもち、
古典古代やイスラム圏の学問を吸収し、
宗教の垣根を超えて交流、ときに協力体制を築く。
時代を先んじた発想と言動は、もちろん当時理解を得られる訳はなく、二回の破門を招く。でもこの人、我が道を突き進むんだ。カッコよ…。
ジョヴァンニ・ピサーノの父、ニコラ・ピサーノは、
その出自について詳しくわかっていないものの、
「プーリア(Apulia)出身」という記録が残っている。
それは現在イタリアのかかとに位置するプーリア州に限定せず、当時はもっと広く
「南イタリア」というようなニュアンスで使われていた言葉らしい。
いずれにせよ、ニコラはこの、フェデリコ二世が統治していた地域で生まれ育ったとされる。彼がイタリア中部の諸都市に残した作品の様式・図像それぞれに古典古代要素が見出せるのは、このフェデリコ二世の土壌で養われた知識や感性によるものと考えられている。
そんな結びつきもありつつ、純粋にフェデリコ二世がカッコよすぎるので、
彼についての書物をしばらくは読み漁りたいと思っている。
彼の生き様から、裏テーマである「集団に染まらず、時代を先駆ける一撃を放つのは、どのような人物か」について考えを巡らせ、たまに現れるカッコ悪い自分を見つめ直したい。
フェデリコ二世以外にも、この時代には面白い人物が多々いる。
先にも挙げた、フェデリコ二世の後見人でもあった「インノケンティウス三世」。
フェデリコ二世が創設したナポリ大学で学び、
後に『神学大全』を成す「トマス・アクィナス」。
トマスも所属し、異端審問で主の犬として
世の中を震撼させる托鉢修道会を立ち上げた「聖ドメニコ」。
このあたりの人たちのことも、いずれ深堀したいなと思っている。
ちなみに、同時代の有名人として、アッシジのフランチェスコはどうなんだ、
と思われる方がいるかもしれませんが、今のところ興味ありません。
なんか、うん。人気者じゃないですか。「陽」な感じだし。
わたしちょっと歪んでいるんで、そういう系統の人を素直に好きになれなくて。
今回はこのへんで。