末摘花登場 その一 私の心の友、七絃琴を語る
それは十六夜の頃だったかしら。月が美しかったことも、梅の花が咲いていたのも、その匂いも、憶えていない。でも『源氏物語』にそう書いてあるのならそうだったのでしょうね。
夜なのに格子も開けっ放しだったというから、私、またきっと、宇宙のことを考えてずーっとボーっとしていたのでしょう。お姫様というのは特にすることもないので大抵ボーっとしているものなのです。ボーっとし過ぎて、考えることもどんどん壮大になって。
で、宇宙。
私くらいの宮家のお姫様になると、それはもう、宇宙。
宇宙の端に手を伸ばしていき、あ、届きそう、その時、大輔命婦の声がして。
「今宵はお琴の音がどんなにか際立つかと思われまして。いつもゆっくりと聴くことができないのも残念でして」
はあ、そうですか、急にどうしましたか、命婦、と、思いますよね、普通。
これ、どうやら私の琴の琴が聴きたいから弾いて下さいという催促らしいのです。この命婦って、ちょっと変なの。だから私、いつも、一、二、三と数えるの。その間に、意味、自然と変換されてくるから。
琴の琴!
「伯牙と鍾子期の故事にあるように、私の琴の音を聞き知る人がいるというなら願ってもないことだけど、命婦よ、ももしき(宮中)に出入りしている人に聞かせるほどの音色ではとてもございませんことよ」
(訳・とりあえず聞かせてやるが、宮中あたりでチャラチャラやってるのとは全く違うからな、まあ、そういうのを聞いてる人にはどうせ解らないだろうがな、フッ)
といった風に、思わせ振りに自慢の愛器を召し寄せて。
え?なに?伯牙と鍾子期の故事のこと?「末摘花」なのに意外だって?
ああ、これ、『蒙求』にも載ってるのよ。だから、所謂「末摘花」程度、が知っていても不思議じゃなくってよ。うふふふふ。
ではご紹介しましょう。
じゃじゃ〜ん!
私の琴の琴「南風」ちゃんです!
ご覧あれ。この美フォルム。
これが常陸宮家に伝わるビンテージ「七絃琴」だ!
【仕様】
本体 桐の木で作られた本体に黒漆塗り仕上げ。
徽 一列に十三個丸く切った貝をはめ込み。
琴首の突起部 紫檀(ローズウッド)
尾端部 紫檀(ローズウッド)。
寸法 25.4×40.5×23.3
特長 胴の内部に銘あり
どうよ!
え?
七絃琴って何って?
琴の琴って何って?
そこからかよ!
でもまあそうなるよね。
では説明します。ざっくりと。
え、あ、ざっくり、です。
すいません。
実は私、把握しきれていないのです。そもそも日本の音楽自体、カオスで。ざっくりじゃないと沼地。
(体系化されていない沼地なところが日本音楽の最大の特徴!)
ざっくり↓
琴(こと)は、弦楽器の総称です。
弦楽器には、箏(そう)、琴(きん)、和琴、琵琶などがあります。
琴(きん)は、古代中国の「七絃琴」です。 よって「琴の琴」とは、「琴(きん)という弦楽器」の意で、古代中国の「七絃琴」を指すのです。
私は十五の歳に父から、この「南風」ちゃんを譲り受けました。「南風」というのは、おそらく琴のモデル名か、もしくは愛称なのだと思くけど、父も死んでしまった今となっては分かりません。でも、もしかしたらどこかに何らかの形で記されているかもしれません。
じゃあ弾くよ〜。