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雪解けの頃に【2】

窓際の席で、僕はいつものようにゆっくりと珈琲を楽しんでいた。窓の外には、小樽運河沿いの雪が解け始めた石畳が見える。人々が行き交う様子をぼんやり眺めていると、店のドアが静かに開き、ひとりの年配の男性が入ってきた。小樽の寒さをしのぐような厚手のコートと毛糸の帽子を身に着け、落ち着いた様子でカウンターに腰を下ろした。

「いつものでいいかい?」と店主の田島さんが声をかけると、男性は小さく頷いて微笑んだ。その穏やかなやりとりに、この店が地元の人々に愛されている様子が伝わってきた。

静かな店内に珈琲を淹れる音だけが響く。やがて、田島さんが丁寧に淹れた珈琲をカウンターに置くと、男性がふと僕の方に目を向け、微笑みながら話しかけてきた。

「旅行かい?それとも、何か特別な用事でこの町に?」

突然の問いかけに少し驚いたが、僕は素直に答えた。「ええ、特別な目的があるわけじゃなくて…静かな場所で過ごしたくて、たどり着いたんです」

彼は小さく笑って、「小樽は何もかもが少し古くて、時がゆっくり流れているから、そんな風に過ごすにはぴったりかもしれないな」と言った。

しばらくして、彼が窓の外に目を向ける。「この時期になると、毎年運河沿いの桜が咲くのが楽しみでね。この町の春はいつも、どこか静かで穏やかなんだ」

その言葉に、僕はなぜか心が温かくなるのを感じた。小樽の雪解けは、単なる春の兆しではなく、この町に住む人々にとっても、毎年の小さな喜びなのだろう。

「僕も、この雪解けが好きです。長い冬が終わって、町がゆっくりと目覚める感じがいいですよね」

そう言うと、彼は頷きながら珈琲に口をつけた。その動きには、長年この町に根ざして生きてきた人のゆったりとしたリズムが感じられた。

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