12年間人としゃべれないと言うこと(場面緘黙症③)
場面緘黙症から解放されたのは高校を卒業した後。
同じ高校の人が一人もいかない短大に進学した時だった。
ずっと待ち望んでいたこの日。
誰も私のことを知らない。
誰も私がしゃべれない子だと知らない。
不安と期待で胸がいっぱいだった。
入学してオリエンテーションが終わった後、なんとなく近くにいた子たちで一緒にご飯を食べに行くことになった。
やっとしゃべることができる!!
でも現実は甘くはなかった。
12年間、同じ年頃の人たちとしゃべらなかった私は、どうやってしゃべればいいかわからなかった。
なんとか、質問してくれたことに返すだけ。
きっと一緒にいてもすごくつまらない人間。
折角しゃべれるのに、友達ができるのに、誰かと一緒にいてもその場から逃げ出したくなってしまう。
学校帰りに他の子たちが一緒に出掛けようといってもいつも断っていた。
そのうち誘われなくなった。
場面緘黙症には後遺症がある。
なんとかかんとか社会で生きるために必要最低限しゃべれたとしても、人とうまく会話ができない。盛り上がれない。深い仲になれない。
特に自分の意見を言わないといけないような場面になると今でも喉に蓋がされたみたいに言葉が出てこなくなることがある。
頭が真っ白になっているときもあれば、ぐるぐるといろんなことを考えてしまって何をどう話せばいいかわからなくなる。
今もまだ終わっていないと感じる。
人と会話することで鍛えられる脳の機能があるのだと思う。
話すことでトラブルも起こり、それにより学ぶことも多いだろう。
私は経験が少なすぎて今もまだ未熟だ。
複数の人がいるときいつも会話に入れない。
意見を言うことに強い不安を感じる。
私の戦いはまだ続いている。