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11.10 AEW PPV『FULL GEAR』 そこにあったのは、エモーショナルなプロレス

本当はオンタイムで見てたからもっと早くに書けたのに、色々なものに時間を使って、この記事に取りかかれなかったのは、そこにあったのはエモーショナルなプロレスだったからだ。

ここで書きたいのは、ただ試合がどんな結果だったかじゃなくて、その試合にどんな意味があったかを書きたいという事に改めて気付かされた。そんなプロレスの興行どれだけあるだろうか。

 

▼形の違うエモーショナルなレスリング

大きなプロモーション、WWEと新日本プロレスでも基本的な技術論は同じでもその見せ方というのは大きく違う。同じ食材を使っていても、料理人が違えば全く違う料理になるのと似てる。AEWという存在は、その2つとも違う料理法を持っていると言える。

今、WWEは大きく揺れ動いている。アスリート性の高いレスラーが必要なのか、ドラマチックなレスラーが必要なのか。それは新日本という強烈にアスリートライクでハードなレスリングが、インターネットの波に乗ってきたからだ。

WWEの資本力を考えれば、その波間の小舟に浮かぶAEWなんて相手にする必要はないとすら見られていた。だけど、確実に自分は今、AEWのレスリングに惹かれている。

 

▼2人のペンタゴンJr.

タッグ王座をかけた3WAYマッチ、AEWでは勝敗の結果などにより王座挑戦権などが定められるが、この試合ではチャンピオンであるSCUが挑戦権1位、2位であるルチャ・ブラザーズ、プライベート・パーティを同時に迎え撃つ3WAY戦となった。

混戦極めた試合だが、SCUが勝利を収めるもルチャ・ブラザーズは彼等を襲撃し、痛めつける。しかしその瞬間、灯りが消え、再びついた時にはなんとリングの上にペンタゴンJr.が2人!

兄を庇おうと飛び込んできたレイ・フェニックスをエンジェルウィングスに切って落としたその人は、タッグトーナメント開始時にルチャ・ブラザーズが襲撃し、本来トーナメントに出場するはずだったSCUのクリストファー・ダニエルズ!しかも、その顔の右半分にはかつてNWA・TNA時代"Fallen Angel"として教祖的なキャラクターとなっていた時を思わせるペイントが!

彼を長く見ている人ならば、彼がマスクを被るということ、ペイントをするということの二重の意味で感じるものがあったはずだ。

 

▼里歩とさくら、雌雄を決したのは

試合前、両者のインタビューを交えながら、ケニーが両者の関係を語る映像が流れる。2人は師弟であること、里歩がデビューをしたのはさくらのおかげであること。(よく知る人は全てさくらの策略であったことも含めて懐かしいのだけども)

里歩の人気というのはもはや絶大なもので、外国人からすれば子供どころか、おもちゃの人形のような大きさの彼女がプロレスラーであるということがすごく興味深いのだろう。

だが、この試合の重さがのしかかったのは里歩がリングインした後だ。反対コーナーに立つさくらが思わず涙を浮かべていたのが映し出されていた。会場にいる人達も2人の関係を理解しているからこそ、その涙の意味を理解できる。

ゴングがなるや、日本式のロックアップから力比べの展開。始まりから既に市ヶ谷での戦いと同じものを見せてきた挙げ句、髪の毛を掴んでのホイップといういつもの奴で、里歩がデビューした時から見てる人間は涙が堪えれない。

この1戦が決まった先週のDynamiteでも、最後は定番とも言える高速の丸め込み合戦だったわけだが、この試合を決めたのは里歩のフィニッシャーの1つ、くるくるリボンという丸め込みだった。愛すべきかつての団体の名を継いだ技で師匠を打ち取った瞬間だった。

 

▼CodyとMJFの友情の行方

MJFはアメリカインディきってのヒールだった。功名でクラシカル、表情が豊かでダーティー。古き良きヒールレスラーとしての優れた資質を全て持ったレスラーだった。

しかし、Codyと出会い、少しずつ陽気で、少しとぼけていて、情に厚くて、いつでもCodyの事を思う男になった。記事の中でもヤングバックスからグッドガイになったのか?と問われるというセグメントの話を書いた。

ジェリコとのAEW世界王座戦、Codyはもし負ければベルトには今後挑戦しないと宣言をしていた。しかし、額から流血し、朦朧とした状態でウォール・オブ・ジェリコに捕まったCodyはMJFのタオル投入により敗北となる。

膝をつき、許しを請いながらも、Codyの苦しむ様を見ていられなかったと言うMJFにCodyは怒ることもなくその肩を叩いてみせた。その瞬間だ。

MJFはCodyの股間を蹴り上げた。悶絶するCodyを1人リングに起き去っていく。会場は呆気に取られていたが、ブーイングは大きくなろうとしていたその時、花道を歩いていたMJFは客席から投げつけられた水を頭から被った。後にこの客がつまみ出されたという話もあるから、仕込みだったのかは分からない。だが、そうなりかねないくらい、客がヒートした瞬間だった。

 

▼モクスリーとケニーが見せたのは、純真なホームカミング

ライツアウトマッチ、つまり反則裁定なしというルールで行われたメインの試合、若き頃、ハードコア団体で荒れ狂うような試合を積み重ねたモクスリーが、WWEという檻から解き離たれて初めて見せる姿であり、"カナダの路上王"と呼ばれ、異国の地でIWGPヘビー級王者にまでなったケニーがその残酷さと狂気性をフルに解放したらどうなるか、まるで見世物小屋のような恐怖感に満ち溢れていた。

試合は、正直、先に上げたようなメジャー団体では間違いなく見れないものになった。ボブワイヤーボード(有刺鉄線をボードに張り付けたもの)と巨大なトランポリン、ガラス片……さらにはリングマットを剥がして床板だけになった状態での攻防など、若干客も絶句するような瞬間がいくつもあった。

高さでも、堅さでもない、その恐怖の瞬間は何でもない彼等のホームに存在したものだ。ケニーが路上王と呼ばれた所以はバックヤードレスリング、裏庭で行うようなあの年頃の北米のプロレス好きなら誰もが通った道にある。モクスリーだって同じだ。

あの試合で見せていたものは、アメリカだけではなく、日本なら大日本やFREEDOMなど多くのデスマッチ団体でも日常的に見る光景だから、そこまで驚くものではない。しかし、それをあの数の観客、テレビ、インターネットの前で、メジャー団体の冠を取った2人が繰り広げたということに意味がある。非常にエモーショナルな戦いだったのだ。

加えていえば、あのスタイルならAEWにはジミー・ハボックもジョーイ・ジャネラもいる。彼等はあのスタイルのスペシャリストだ。タッグの試合で見せる素晴らしいコンビネーション、女子が見せるハイスパートな攻防、それぞれの思惑が交錯する人間模様、そして他団体では見せれないバイオレンス、これはどこにもないAEWのスタイルであり、ここに集まった全ての人のレスリングへの愛で出来てると言える。

 

プロレスの面白さ、というのは、ストーリーにある。では、ストーリーが何故面白いのかと言われたら、そこに感動があるからだ。道場で培ってきた強さを競うことは大事だ。しかし、それだけがプロレスラーだろうか。このAEWのプロレスを見ていたらそうは思わない。彼等の人生もまたプロレスなのだ。


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