丸め込みの美学

両肩がリングマットについて3カウントを取られたら負け。

プロレスを知らない人でも、プロレスって言ったらなんとなくそんなイメージだけは持っていると思います。ですが、近年のプロレスの多くはフィニッシュムーブ、つまり派手な投げ技や空中技を決まり手にすることが非情に多いのです。

本日、10.1新日本プロレスはアメリカで興行を行いましたが、メインの試合後、勝利をしたゴールデン☆ラヴァーズ、IWGPヘビー級王者ケニー=オメガと飯伏幸太のタッグは仲間に囲まれながら向かい合っていました。二人は10年来の親友であり、新日の前にDDTへケニーが来日参戦して以来のライバルでもあります。これまで直接対決は3度、ケニーはIWGPのベルトをかけて決着をつけようと言ったのです。

その全てをかっさらったのは、同じユニットの仲間であるCody。リングに上がるや否や、その二人の間に割って入り、二人のシングルではなく自分も加えたトリプルスレットマッチ、つまり3人同時に戦う試合にしろと迫ったのです。彼の手には2本のベルトが握られていました。1本は直前に奪取したIWGP USヘビー級王座、もう1本はNWA世界ヘビー級王座………この2本のベルトにこそ丸め込みの美学が隠されているのです。



まず、このCodyという男、父親はダスティ・ローデス、父はアメフト出身で大学時代には同期にブルーザー・ブロディ、先輩にザ・ファンクス、後輩にスタン・ハンセンというとんでもない時代に生まれ、レスラーの道へ進むや否や”アメリカンドリーム”という二つ名の下に、NWAの絶対的王者として君臨、世界ヘビー級王座を3度戴冠するなどNWAのベルトはダスティのベルトというイメージが色濃く残っています。

兄のゴールダストは長らくWWEで活躍するテクニシャンです。異性装者という際立ったキャラクターですが、既にキャリアは20年近く、どんな相手と戦わせても試合を成立させる名手であり、またWWEタッグベルトを幾度となく巻いて来たプロのタッグ屋でもあります。

Codyも最初はWWEからスタートしました。しかし、二世レスラーなどが増えてきたのと同時に団体も彼をうまく活かせなくなり、WWEを離れ、自分の考えるオールドスクールでありながら、現代的なプロレスをミックスしたスタイルを模索し始めます。

CodyのようにWWEを離れたレスラーというのは少なくありませんが、既に多くの財を為してるものや、レスリングに対しての情熱を失っていることも少なくありません。Codyは自らの出自を誇りながら、アメリカの違う小さなリングで刺激的なレスリングをする仲間、ケニーやヤングバックスと出会うことで、自らのレスリングを進化させることを決めたのです。

先日開催されたヤングバックスの自主興行ALL INで、Codyはついに父親も巻いた伝統のベルトNWA世界ヘビー級王座を手にします。CodyのファイトスタイルはまさしくNWA王者のスタイルをアップデートしたものと言えます。観客の感情に訴えかける素振り、狡猾で反則もいとわない、それでいてレスリングの技は鮮やかで、憎まれるも好まれるも王者の手のひら。父親ダスティ・ローデスが何十年と貫いて来た戦いそのものと言えるでしょう。NWAのベルトを手に入れた事で、Codyはそれを正統に継承したのです。

そして迎えた本日のIWGP USヘビー級王座。王者はジュース・ロビンソン。ジュースも元WWEですが、Codyがいた位置から見たらずっと下の存在でした。一転、新日本プロレスに練習生として加入、雑用の一つからこなし、ついにベルトを巻いた苦労人です。このUSヘビーというベルトは新日は進める海外進出の要の一つと言われており、アメリカの興行では毎度防衛戦が組まれています。日本にやってきて夢を掴んだジュースと、アメリカンレスリングの神髄を知り尽くしたCodyの一戦は、意外な結末を迎えました。

ジュースは終盤、コーナートップからの雪崩式ブレーンバスターで投げるもその首を離しません。ここから相手ごと体を起こしてさらにブレーンバスターで投げる、ロコモーション式ブレーンバスターという技に入るためです。そのためには足を高く上げて反動で相手ごと体を回転させる必要があるのですが、Codyはこれを狙っていました。

ジュースの足が上がるのを見るや、自らの足を絡めて、ジュースの両肩をマットにつけたのです。レフェリーは慌ててマットを叩き、そのまま3カウント。観客も丸め込まれたジュースも何が起きたか分からないとばかりに呆然とする中、リング外まで転がり落ちたCodyは妻が持って来たIWGP USヘビー級のベルトにキスをしたのでした。その勝ち方はあまりにも鮮やかであり、かつてのNWA王者達が見せた勝つ為なら方法をいとわない姿そのものでした。ようやく状況を飲み込んだ観客が、見た事も無い衝撃的な勝ち方に大きな歓声を上げたのです。

両肩をつけて3カウントが入れば勝ち。プロレスで最も原始的なルールであり、故にプロレスであるというルールでもあります。レフェリーが3カウントを叩けば、それが覆る事はまずありません。どんなに頭から落とす技でもそれは3カウントを奪うための技に過ぎません。

Codyももちろん3カウントを奪いにいく為の投げる技を持っていますし、今回新しい技も繰り出しました。しかし、試合を決めたのは丸め込みだったのです。そして、IWGP USヘビー級の歴史で見た事の無い瞬間を生み出したのです。

これはケニー=オメガの超人的なプロレス、アスリートプロレスに対する一つのアンチテーゼと言えるかもしれません。心身の限界を削り切り、その向こう側へと行こうとするケニーのプロレスに丸め込みという終わらせ方はないでしょう。

しかし、ここで一人の男の顔が浮かびます。ケニーとまさしく今、プロレスンスタイルで対立してると言えば………そう、棚橋です。棚橋のプロレスというのは以前にもお話したように実はアメリカンプロレスの要素を非常に含んでいます。むしろ、NWA王者の戦い方をトレースしているといっても過言ではありません。Codyがケニーの前に立つことで、棚橋は何を思うのでしょうか。

これだからプロレスはやめられないのです。

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