LOCUST 旅行記(会津・中通り編) 河野咲子 ③7月18日(月)金山村、桃園
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名和晃平的なぶくぶく・・・
ホテルでの朝ごはんのときに寺門さんのすがたが見えた気がしたけれど、話さなかった。
桃、もも、モモ、と1日目からずっと頭の中でこだましている。七月。福島にゆかずとも、東京のスーパーを物色しているだけで桃の季節の盛りであることがすぐわかる。スーパーでいちばん安い桃を買って、よく冷やして剥いてたべるだけでも幸福はやすやすと訪れる。旅行に出かける前の金曜日、すばらしいパティスリーでいただいたパフェにも桃のジェラートが乗っていた。
もも、モモ、Momo。Momoチャレンジとよばれるオンライン都市伝説が流行ったのは数年前のことだったらしい。そういえばネパールには「モモ」とよばれる餃子がある。福島も餃子で知られている(「円盤餃子」と呼ばれているらしい)。
岩崎さん、谷さんと車を走らせて、金山町・沼沢湖畔へ。人の営みよりも、自然のほうがずっと力強くはたらいている場所だった。
あたりは圧迫感のあるほど濃密な緑に覆われており、景色の中からそれ以外の色を見つけるのは難しい。緑にうずもれるようにして立っていた妖精美術館を訪れ、企画展「サロメ幻想」を見た。展示は面白かったような気がするけれど、そもそもこの地に妖精美術館がある理由がよくわからず、釈然としないままその場を離れる(この問いについては、後になって谷さんの論考「金山町はなぜ「妖精の里」になったのか」で紐解かれることとなった)。
湖畔で食事ができればと思っていたけれど、あたりの建物はがらんとして、めぼしい店は見当たらなかった。あらためて周囲の情報を調べなおし、少し離れたところにある保養施設・せせらぎ荘へ向かうことにする。座敷になっている食事処があり、ヒメマス定食を注文しようとしたら、焼くのに30分くらいかかるからその間に温泉に入ってくるのがよいと言われた。
公衆浴場はどちらかというとあまり好きではないような気がしているけれど、ひとたび入ってしまえば、心身がすっかり温泉旅行モードになってしまった。ぬるい炭酸水にからだを沈めると、からだにぎっしりと銀色の泡がついてゆき、自分の腕が名和晃平の彫刻になったみたいだとぼんやり思った。指さきで泡を掻き取ると、皮膚にさまざまな模様をつけていくことができる。炭酸温泉とは別にもうひとつ浴槽があり、そのお湯は信じられないほど熱かった(あとで表示を確かめたら45度くらいだった気がするけれど、さすがに気のせいだろうか)。谷さんはものすごい忍耐力で肩までつかり、数分間そのままじっとしていた。わたしは腰くらいまでじりじりと浸かったあと、すぐに逃げ出した。風呂からあがると、脱衣所で、髪の毛がふわふわで顎の四角い女の子が髪にヘア・アイロンをあてていた。
食事処にもどり、岩崎さんだけなかなかあがってこないと思ったら、炭酸風呂で寝ていたらしい。
満を持してヒメマス定食が運ばれてくる。ずいぶん空腹で、汗をかいたあとの風呂上がりに、しょっぱくてふわふわの塩焼きは驚くほど美味しく感じられた。味噌汁には油揚げの代わりに、細かく切った高野豆腐が入っていた。
すっかり寛いだ心持になっていた。このまま畳の部屋にあがりこんで、ひんやりした布団で眠ってしまえればいいのに。なんだか幸せだけど、こんな旅行でよかったのかしら。ロカストの旅行は、たいていこんな感じの喜ばしい後ろめたさを伴いながら終わっていく気がする。
しあわせー、と思った。こんな旅行でよかったのかしら。
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