「ロッジ赤石」にて秋が来たことを知る
ロッジ赤石の窓際の席に座り、たい焼き屋を見ている時にふと、秋が来たと実感した。
そこにある空気が透き通っていて、明かりは柔らかく、時間はゆっくり流れていた。小さく開いた入口のドアから少しだけの風が吹き込んで、長袖のシャツの裾を揺らした。
昨晩少し飲みすぎたために頭がまだぼんやりとしている。心持ち喉の奥も痛む。煙草を久しぶりに吸ったせいだろう。
読みかけの本を読もうとするが上手く文字が頭に入ってこない。諦めて携帯を見る。特に調べたいこともなければ、「暇つぶしになる何か」もない。SNSはやめてしまったし、使わないアプリは全部捨ててしまっていた。なんとなくメールボックスを確認して、そこに有益な情報がないことを確かめると、またぼんやりと外に目をやる。
八百屋が野菜を届けに来て喫茶店の店員がそれを受け取っている。秋晴れの街には何人か着物姿の女性が出ている。どこかで茶でもたてるのだろうか。この裏通りまではレンタルの着物を着た若者はあまり来ないようだ。土曜日の朝の、浅草がそこにはあった。
そこには、確かな暮らしがあって、通りを行く人たちは大袈裟ではないが確かな小さな幸せを握りしめて、朗らかな顔で秋の街に繰り出していた。
そんなことを考えていると注文したブレンドコーヒーがやってくる。サイフォンで淹れた温かいブラックコーヒーである。カップになみなみと入っている。素朴な白のカップとソーサー。薄く茶色で縁取りされている。コーヒーの立てる白い湯気が壁に掛けられた赤石岳の写真と重なる。山に雪が降ったようだ。
ややあって、エビサンドとナポリタンがやってくる。連れと分け合ってそれを食べる。エビサンドはエビフライとキャベツの千切りが挟まっていて、辛子マヨネーズとソースが効いている。パンはトーストしてあって耳は落としてある。サクッとしていて、ふんわりしていて、ソースの甘味の後に一瞬辛子の辛味がふわっと鼻先をかすめる。大変美味しい。
ナポリタンはケチャップの効いた中太麺。ピーマンと玉ねぎ、ハム。美味しい。これは喫茶店で食べるから美味いのであって、どこかレストランなんかで食べてもそんなにうまくないのだけれど、でも喫茶店で食べるそれがとても幸福であるからにたまに家で自分で作ってしまう、そんな料理だ。決まって、家で作って食べてもこれだけの幸福な気持ちにはなれない。料理にだって、それに相応しいタイミングとシーンというのはあるのだ。
わっと食べて冷めかけたコーヒーをすすり、コーヒーおかわりしようか、なんてやっているとそろそろ約束の時間が近づいている。勘定を済ませて外に出て大きく伸びをする。青く晴れた空は高い。