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#localbusinessclass SINCE 2021 / TOKYO https://localbusinessclass.wixsite.com/my-site

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最近の記事

廊下

誰かを待っている。広いロビーには誰もいない。焦げ茶色の大きなソファが左右にある。左側のソファを選んで腰掛ける。正面にはエレベーターがあり、その手前にゲートがある。透明な硬いプラスチックの板、片側が固定されていて、カードキーをかざすとそれが奥に畳まれる。その横に受付、女性が二人座っている。ここからは彼女たちの表情はわからない。何を話しているのかいないのか、それもわからない。ロビーはつるっとした白い大理石で、白い照明がぼんやりと照らしている。左右と入口の三面はガラス張りになってい

    • 八月のスキー場

      山の中に立っている。 眠っているリフトのケーブル沿いに斜面を登る。リフトの降り場から見下ろす。 わずか、数十メートル下にはロッジがあり、その先に人々の営みがある。それぞれの屋根の下では夕飯の支度をしているだろう。ここからは人の生活は見えても、聞こえないし、匂わない。赤い車がゆっくりとカーブを曲がっていく。街灯が灯り始める。 ゆっくりと日は沈んでいく。遠くで鳥が鳴いている。数匹。風が木の葉を揺らす。そういうとき、草原の草は不思議に音を立てない。 しばらくたちどまっている

      • 海上レストラン、ヴァージン島

        ヴァージン島でビールを飲んだ時の話。正確にはその島に辿り着いてはいない。その島の沖のレストランに行っただけ。満潮時、座席は海に沈む。 ボホール島にはセブからフェリーで2時間かかる。ボホール島の港、タグビラランからタクシーで40分走り、橋を渡った先にパングラオ島がある。そのパングラオ島からバンカーボートで30分走ると、ヴァージン島に着く。 そこで昼食を食べるということは聞かされていた。新鮮なシーフードが売りだということも聞いていた。だから島陰が見えて来ると喉が渇いていたこと

        • 能登の酒蔵めぐり 数馬酒造を訪ねて

          竹葉 生酛純米 奥能登。 能登半島の先端、宇出津漁港のすぐ近く、運河の横に数馬酒造はある。 昨年の秋、この酒蔵を訪ねた。 この時に数馬酒造の直営店で買った酒を家族が送ってくれた。海を越えて、季節を二つ跨いで。 なんて綺麗な味がするんだろうか。 無色透明。香りが美しい。珠洲焼きの猪口で飲む。ざらっとした猪口の口触りから、百倍くらいスムースな酒が滑ってくる。舌に乗せた途端花が咲いて口の中に旨味が広まる。飲み込んでもしばらく舌の先は少し痺れている。歯の裏側に残った名残りすら

          新橋駅、盲目の人

          善く生きたいと思っている。 新橋駅で困っていた目の不自由な人を、私は見て見ぬふりをした。 どこにでもいそうなおじさんが、その目の不自由な人に声をかけて、どこかに誘導していた。 善く生きるとは、見て見ぬふりをしないことなのかもしれない。

          新橋駅、盲目の人

          「風」

          言葉の先に、それが結ぶ像をイメージする 何も考えたくないとき、頭の中で風が吹いている それはどこかで見た風ではない、どこかで受けた風ではない 何かで読んだ景色の中で、その風はいつも吹いていて 黄色い光が左端にあって、露出を最高にした写真のように全体は白んでいる 何も聞こえなくなるほどの強い風ではないが、聞こえるのは風の音だけ たくさんの風がそこにはあって、強弱はあっても止むことはない そうして、草原のイメージに移る 黄色い白んだ景色は風が生まれる場所で、それは

          阿蘇の山を愛する方法

          カーブを曲がる、視界が広がる。そこに阿蘇の山がある。 道は曲がりくねり、次のカーブを曲がるとその山は視界から消えた。そうして、またその次のカーブの外輪に休憩所があった。 車を停めて外に出る。1月の山の空気は冷たい。空気は澄んでいて、雲のない空の下、遠くの山や町までよく見渡せる。昼前の太陽の光は柔らかく、風はほぼない。彩度の低い、乾いたベージュが眼下に広がる。 山は静かにこちらを見ていた。我々も静かに山を見た。ぬるくなった紅茶を一口すすり、後部座席のカメラを取り出して写真

          阿蘇の山を愛する方法

          Saturday Morning マニラ、札幌、国分寺、浅草

          朝はできるだけ早く起きる。休日は特に。何もしない時間をつくるために。 ドアを開けて、ベランダに出る。太陽を見て、街の音を聞く。 日の出から三十分。空気は水色。 車も、バイクも休んでいて、音もなく渡し船が川を横切って行く。 さらに三十分、柔らかいオレンジが水色の靄を消していく。 どこかで鶏が鳴いている。クラクションの音が増えていく。 次第に街は黄色くなり、太陽は直視できない程元気になる。 モーターボートが上流から走ってくる。 気がつけば世界は白くなり、街は目を覚

          Saturday Morning マニラ、札幌、国分寺、浅草

          磐城寿 海の男酒を飲んで 〜 続・南相馬の旅館にて

          磐城寿 純米大吟醸 2018 山田錦45 生酛仕込み 歳を取るとともに、変わっていくことはいろいろとある。その中でも、とりわけ良い変化は日本酒を好きになったことだと思う。新しい日本酒に出会う度に、その出会いに感謝するととともに変わっていくことを楽しいこと、ポジティブなこととして捉え直していく。 マニラに来て、ずっと一人で、晩飯はタコスでも、日本から届いたこれを静かに部屋で飲んで、暮れていく街を眺めれば、「悪くない人生だ」と思う。こういう酒がある限り、私は一生自分が日本人で

          磐城寿 海の男酒を飲んで 〜 続・南相馬の旅館にて

          街行く人を見て思うこと 2022年1月 マニラ

          外の席に座り、街行く人を眺めていた。マニラは今日も快晴である。 この街にもスターバックスはどこにでもある。それと同じかそれ以上に幅を利かせているThe Coffee Bean & Tea Leafという店もあるが、ここのコーヒーは味がシャープでない。薄く、まったりしている。ただ単にスターバックスのコーヒーに舌が慣れているだけなのかもしれないが。 ビールもそうだけど、薄い味の飲み物が好まれるのかもしれない。料理の味が濃いからだろうか。たしかに、フィリピン居酒屋のサンミゲルは

          街行く人を見て思うこと 2022年1月 マニラ

          マニラ湾に沈む夕日、正月とサンミゲル

          マニラ港の近くに小さなフェリーターミナルがある。その奥に大きな公園がある。公園の南側はショッピングモール、遊園地、屋台があり、凄い人出であった。一方で、公園の北側、海に突き出した防波堤の横は静かで、人もあまり多くない。そこに小さなバーがある。 マニラに来て1ヶ月が過ぎようとしていた。初めの半月は隔離期間のために部屋から出られず、後の半月は忙しく会社とホテル(仮住まい)を往復するだけであった。 日差しのピークはとっくに過ぎていた。この島にも一応”Winter”と呼ばれる時

          マニラ湾に沈む夕日、正月とサンミゲル

          「コインロッカー・ベイビーズ」 レビュー

          二週間くらい前に村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」を読み終えた。 ・村上龍「コインロッカー・ベイビーズ」 自宅の本棚からこれを取り出して読み始める。 前に読んだのはいつ頃だろうか。おそらく、高校二年生くらいの時だったかと思う。 このところ、前に読んだ本を読み返すことが増えた。前までは読み返すのではなく、新しい別の本を。もっともっと新しいことを知らなくては、そう思っていた。だから本棚に目が行くこともほぼなかった。若い頃というのはそういうものなのだと思う。名作と言われて

          「コインロッカー・ベイビーズ」 レビュー

          「ロッジ赤石」にて秋が来たことを知る

          ロッジ赤石の窓際の席に座り、たい焼き屋を見ている時にふと、秋が来たと実感した。 そこにある空気が透き通っていて、明かりは柔らかく、時間はゆっくり流れていた。小さく開いた入口のドアから少しだけの風が吹き込んで、長袖のシャツの裾を揺らした。 昨晩少し飲みすぎたために頭がまだぼんやりとしている。心持ち喉の奥も痛む。煙草を久しぶりに吸ったせいだろう。 読みかけの本を読もうとするが上手く文字が頭に入ってこない。諦めて携帯を見る。特に調べたいこともなければ、「暇つぶしになる何か」もな

          「ロッジ赤石」にて秋が来たことを知る

          感情のドライブ

          オフィス、そこでは感情を出してはいけない。そんな風に感じている。自分を出してはいけない。 考えてみれば、それはオフィスだからではない。世間だからだ。ずっとそういう風に生きてきたから、世間の中に身を置くとき、感情を、自分を外に出してはいけないと思っている。 なぜか。それは、関わってもらいたくないから。自分の中に入ってきて欲しくないから、だと思う。 できるだけ透明にならなくてはいけない。煩わしい思いをするくらいなら、自分を隠していた方が楽だからだ。 人は、親しい人の中でだけ、

          感情のドライブ

          それが去った今思うこと

          夏が終わろうとしていた。9月の下旬、残暑が三日間続けてなんとか最後の力を振り絞った翌日。太陽の光には柔らかい白のフィルターがかかっていた。町はぼやっと照らされていた。影の色は薄くなり、輪郭は曖昧になった。 その日、我々はレンタカーで千葉県を東に向けて走っていた。その行きの車の中で(たしか高速道路の終点を降りてすぐのころだったかと思う)、我々は突然にそれがもうそこにいないことに気がついてしまった。いや、正確に言うならば気がついたのはもっとずっと前で、ついにそれを思い知ったとで

          それが去った今思うこと

          「哀愁の町に霧が降るのだ」を読んで、東京の東の端で思ったこと

          土曜日、九月十一日に椎名誠「哀愁の町に霧が降るのだ」を読了した。青春の話であった。一番好きなのは以下の箇所。克美荘日記の木村晋介の書いた部分である。 70年代、当時の木村青年はおそらく22歳くらいだろうか。弁護士になるために、克美荘(という小岩の古いアパートの、狭い六畳部屋での男4人共同生活)に毎日こもって勉強をしていた。昼間、仲間が学校なり、仕事・アルバイトに出かけている間に勉強をして、夕方になると仲間のために夕飯をつくって待っている。そんな当時に書いた文章である。 埼

          「哀愁の町に霧が降るのだ」を読んで、東京の東の端で思ったこと