誰が言ったのか
「仕事が趣味」なんてことをいう人間が嫌い……だった。
今では、心も体も随分丸くなってしまったが、20代前半の私はかなり尖っていた。そのころの上司は「私の趣味は仕事ですから」なんてことをよく言っていた。けれども、手柄は自分のものにし、問題が起きればさっさと逃げるような小さい人間だった。あと何年かすれば「定年」。ワープロからパソコンが主流になって数年は過ぎていたが、新しいものを使えるようになる気は一切ないようだった。私は、取引先へのあいさつ文を作成するなど、彼の秘書的な役割もしていた。
あいさつ文の添削は、まさにその上司の趣味だった。
ワードで作った第一稿を持っていくと、毎回、彼の手書きで真っ黒になった原稿が戻ってきた。しかも、解読するのが困難なミミズのような文字で。
「またか……」
ため息をつきながら、指示に従って修正をする。そして、修正したものを持っていく。しばらくすると真っ黒になった原稿が戻ってくる。また、指示どおりに修正をする。黒くなる……。何度も、何度も繰り返された。
文章の訂正、フォントの指定、太字の設定、カギかっこの種類……ほとんど読まれることはないであろう「あいさつ文」のために、私の時間は費やされた。
「仕事だろ」と言われれば、それまでだ。けれども、上司の指示どおりに作成した文章が、彼の趣味でやり直しになることに、私は大きな憤りを感じていた。
「趣味で仕事をすんなや!」
「おまえの趣味に巻き込むな!」
私は酒を飲みながらよく愚痴っていた。
もしも、あの人がこの話を聞いていたらこう言ったかもしれない。
「まだ会社で消耗してるの?」
※※※※※
ときは流れ、私は会社をやめた。
それから10年以上過ぎていただろうか、私はテレビから流れるある人気俳優のインタビューを見ていた。ドラマに出演すれば高視聴率、決め台詞が流行語大賞にも選ばれたあの人だ。
「趣味は仕事ですね」
確かに彼はそう言った。でも嫌な気はしなかった。もちろん、一緒に仕事をしたことはない。けれども、私にとってその俳優の好感度は非常に高かった。
「趣味は仕事か……なんか、わかる」
そうだ。
「何を言ったか」ではなく「誰が言ったか」なんだ、とおもう、わたしは。
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