フランキンセンスの知らせ
ラベンダーの匂いが昔から好きだ。
たぶん、これを嗅げばリラックスできるという先入観から入った気がする。
花も色も好きだし、目にするとスッと心の中に匂いが充満するような気さえする。
もう一つ、今はフランキンセンスの匂いに妙に惹かれている。
でもその理由がわからなかった。
森林浴の匂いは好きだけど、それ以上の、何か記憶の引き出しが開きそうな懐かしさと切なさも込み上げてきた。
今また久々にフランキンセンスのオイルを嗅いだ時に、その謎が解けた。
祖母の別荘の匂いだ。
毎年夏になると家族で出かけた、山小屋のような別荘。白樺が並ぶ森の中に建っていた。
母がまだ幼い頃に購入したものらしく、築年数はなかなかのものである分思い出も多く積み重なっているだろう。
建物の下に川が流れているせいで湿度が高い。腐ってきている部分もあったが、その都度手入れをしてなんとかまだそこにある。
引きこもっていた時も、気分を換えて出かけようと夏にはよく行っていた。(場所が変わっても布団で寝ているだけだったけど)もう15年も前のこと。
その、カビくさいというか、古臭い匂いと森林の匂いが混ざったものが、私にはフランキンセンスだったのか。
嗅いだ瞬間に、その別荘での思い出が蘇ってきた。
光景というよりも、感情が。
あの時の私は、変な精神科医に引っかかり、凄まじい量と種類の向精神薬を処方されていた。いやでも、効かない、としか言わない私に手を焼いていただけかもしれないな。
とにかく、ただでさえ無気力で食欲もなく頭痛ばかりで生きていたくない気持ちを常に抱えていた上に、薬漬けだったので一日頭の中は麻痺していた。
笑うことも怒ることもなく、時折静かに泣くことしかできなかった。
別荘のある場所の空気はとてもきれいに澄んでいて冷たくて。
深く吸い込めば、真っ黒で禍々しい感情の中を駆け巡り、ミントガムを噛んだように清々しくさせてくれた。それがとても好きだった。
でも別に何も変わらなかった。
朝起きて顔を洗っても、顔は流れ落ちないのと同じ。
他の誰かになんてなれなかった。
死にたい私はずっと死にたかった。
部屋から動けず、自分がどうしようもなく情けなくて涙を浮かべ考えていたのは、この近くの公園で中学生が首を吊ったらしいという話。
一帯が別荘地になっているので、長期期間以外で訪れる人は少ない。まして、運転できない子供一人で来れる場所ではなかった。
調べても出てこないからガセかもしれない。
でまその亡くなったかもしれない子に思い巡らせていたらもっと涙が止まらなかった。
自分を重ねて、何の涙なのかわからず泣いた。
ただ、なにかが怖くて、苦しくて、清々しいはずの風が恐ろしく冷たくて身体は芯から冷えていった。
どんな温もりも思い出せないくらい冷え切って、悲しくて、怖くて、泣いていた。
そんな記憶が、ぶわっと蘇った。
フランキンセンス。
心の浄化に役立つようだけど、まさにだな。
だけど私は、あの頃の私を抱きしめてあげられる温もりがまだない。
自分の寒さを和らげるので精一杯で、ただの傍観者にしかなれないとわかった。
自分の残酷さを認識してしまってどうしたらいいかわからなくなってきた。
ただ、ここに悔しさがあるのはせめてもの救い。
フランキンセンス
良い気づきをありがとう。
私はやっぱり、私自身を癒したい。
ちゃんと満タンになった後で、悲痛の中に飛び込み、そこで丸まる子供たちをちゃんと抱きしめたい。
ちゃんと、温かな腕の中で。
精神科領域に行きたい。やっぱり。
あぁ。いつなんだ。
私が私を守れるようになるのは…
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