”コルマ”カレー ~歴史とレシピ~
この記事では、北インド料理レストランの代表的メニューの一つであるコルマについて深掘りしていきます。
*ヒンディー語のカタカナ表記について、日本語の仕組み上再現できないものはしません。
・長母音と短母音
・子音、半子音字
・有気音、無気音の対立
・複数あるnの文字
など
コルマのルーツ
まず、コルマという料理名のルーツを探ってみましょう。ヒンディー語の文字でコルマを書くとकोरमाとなります。この文字の発音をアルファベットに直すとKormaです。それともう一つ、क़ोरमाという表記がされることもあります。この2つはほとんど一緒ですが、後者の文字の発音はアルファベットに直すとQormaです。違うのは後者の一番最初の文字の左下についている丸ポチ”・”ですが、これはヒンディー語にとっての外来語が持つ、ヒンディー語にない音を表記するのに使用されるヌクタという記号です。このヌクタを付加することによってヒンディー語のkの音は、ヒンディー語にないqの音を表すようになります。このqの音はヒンディー語にはありませんが、パキスタンのウルドゥー語やイランのペルシャ語にあります。実際にパキスタン料理屋さんのメニューではコルマはQormaと表記されることがあります。コルマは、インドではもともとムガル帝国の料理とされており、ムガル帝国の公用語にはペルシャ語とウルドゥー語があったので、コルマという料理名自体がもともとはヒンディー語ではなかったということが確認でます。
では次に、コルマはもともと何語だったのでしょうか。それを知るためには辞書を引くといいです。辞書を引けば、コルマの言葉としての意味を知ることもできますし、その単語が外来語だった場合に、もともと何語だったのかを知ることができます。辞書によって書いてあることが違うことは想像つきますが、今私の手元にある”Oxford HINDI-ENGLISH Dictionary”では、
と書かれています。T.はこの辞書ではトルコ語の省略なので、なんとコルマはトルコ語のqavurmaという単語がルーツだということが分かりました。ちなみにコルマの意味はご覧の通りです。ちょっとのスパイスで炒めた”カレー”、みたいな意味です。日本人がこれだけインドにカレーはないとかあるとか騒いでいる中で、ヒンディー語の辞書はカレーという単語を使っていました。まあ、便利な単語なんで使ってしまいますよね。
トルコのQavurma
ヒンディー語の辞典ではQavurmaと出てきましたが、現代のトルコ語ではKavurmaの表記の方が一般的かもしれません。トルコ語はわりとローマ字読みに近い読み方をしますので、Kavurmaはカヴルマのように発音します。
現代のトルコ料理でカヴルマというと焼いたり炒めたりした肉料理や、細かく切った肉を動物性の油脂で覆って柔らかくなるまで加熱し、冷まして固めた加工肉の2種類があります。私は後者には馴染みがないですが、前者はトルコに行ったときに何回か食べています。基本的には塩だけで味付けする、シンプルな料理です。少しのスパイスとハーブを使ったものもありますが、もしかしたら観光客向けかもしれません。しかしこれがコルマのルーツと言われても、私たちが普段インド料理屋さんで見るコルマとはあまりに違いますね。方やカレー、方や炒め物です。
Kavurmaのトルコ語での意味は油で炒める、油で焼くもしくは油で炒めたもの、油で焼いたものといったような意味で、現代のトルコ料理では肉を油を使って過熱して、食べれる状態すればとりあえずKavurmaの範疇なんかもしれません。私が好きなトルコ料理の一つにKavuruma Pilav(カヴルマ・ピラウ)というのがあります、ピラウはピラフのことで、つまり味ご飯ですね。この料理には2つの作り方があり、サーデピラウというバターライスを作って、焼いた肉を乗せて食べるタイプと、肉を炒めた油で米を炒めてから米を炊くタイプとがあります。後者の場合は肉を一緒に炊きこむ場合と一度取り出して最後に乗せるタイプがあるそうです。私はトルコ料理は専門じゃないので、どの作り方が一般的なのかは分かりませんが、炊き込んで作るものはとても美味しかったです。インドのプラオに通ずるものがあります。
イランのGhorme(ゴルメ)
トルコのカヴルマとインドのコルマが違うのは地理的にも距離が離れているからかもしれません。世界地図を見ると、トルコとインドの間にはイランがありますが、それではイランにコルマはあるのでしょか?
こういう時にはインターネットで検索をかけると便利ですね。"Qorma Iran"と検索をかけると、インドっぽいカレーのようなQormaともう一つ、Ghormeh Sabzi(ゴルメ・サブズィ)という料理が出てきます。Ghormehとは煮込みという意味とも言われますが、このGhormehが実は、Kavurmaがペルシャ語に入って発音が変わったものと言われています。
ゴルメ・サブズィがどんな料理なのかというと、肉、レッドキドニー、香草類(パクチー、ネギ、フェヌグリークリーフ、パセリ、わけぎ)の煮込みなのですが、そう、煮込みなんですね。ゴルメはイランではホレシュ(ホレシュテ)という煮込み料理のうちの一つと分類されるようです。イランの人に聞いてもゴルメは煮込みって意味ですね、って言われることがあるんで、元の意味は置いといて、現代のイラン料理では一定数の人がゴルメのことを煮込みと認識しているようです。ただそれはゴルメという単語に関してはの話です。ゴルメの元のトルコ語の意味を知っている人もいるかもしれませんが、しかしゴルメ・サブズィの話になると話は別で、イラン人全員が煮込みと答えるでしょう。ゴルメ・サブズィ以外にもゴルメはありますが、ゴルメ・サブズィが圧倒的一番人気で、これはイランの国民食でもあるようですね。
ところで私、このゴルメ・サブズィに関しては、子どもの時にイランの片田舎に住んでいたことがあるという日本人の方から、当時の話として聞いたことがあります。今までの話からすると、カヴルマは肉料理でしたし、コルマも肉を使ったカレーが多いですし、ゴルメ・サブズィも肉がゴロゴロしたさぞ食べ応えのあるシチューみたいなものなんだろうと思ってしまいますが、なんと「肉がしっかり入るようになったのはすごく最近」のことで、「少なくとも田舎では私が子どもだったときは肉は入っても少し、肉なしのものだって当たり前にあった」とのこと。そもそものゴルメ・サブズィは肉料理ではなかったようなのです。
これはトルコやイランの人たちに煮込み料理の話を聞くと、別の視点からもそうかもしれないという話が聞けます。イスラム教徒の料理では、地域を問わず肉と豆を煮込む料理がたくさんあるのですが、大事なのは肉の方ではなく実は豆だという話があります。豆が体にいいので豆をたくさん食べる必要があって、そうなるとやはり煮込み料理なんだそうです。という視点から考えると、やはりあまり豊かではない田舎では特に、肉が入っていないゴルメ・サブズィがあったとしても何の不思議でもありません。
ところでこのGhormehという単語はKavurmaという単語と少し違うように見えますが、本当にKavurmaがルーツなのでしょうか。実はこれを確認できるもうひとつの例があります。それがキーマという単語です。日本のインド料理屋さんでも出てくるキーマカレーのキーマです。今ではインド料理としてすっかり定着しているこのキーマカレーですが、実はこのキーマもトルコ語がルーツです。トルコ語では細かく刻んだ肉のことをKıymaと書いてクイマのように発音しますが、これも実はペルシャ語に入ってGheimehと形を変えています。K→Gh、ma→mehとどちらの単語も同じ変化が起きていますので、GhormehのルーツがKavurumaであると言えそうです。ただ一つ、Ghormehに関しては、Kavurumaにあるvの音が見当たりません。しかしながらこれは、これは現代のペルシャ語にはっきりとしたvの音がないため、Kavurmaがペルシャ語化する際に保持できなかったのではないかと思われます。ペルシャ語と同じように、パキスタンのウルドゥー語、インドで話されているヒンディー語をはじめとする多くの言語でもはっきりとしたvの発音はなく、vと書いても日本語の”う”に近い発音をします。とは言え、実際はこの単語のやり取りは、現代のトルコ語とペルシャ語の間で行われたわけではなく、もっと古い、今から見ると古典語の時代に行われたものなので、綴りも発音も今とは少し違ったでしょうし、それがかなり長い時間をかけて、今の形に落ち着いたので、ここで書いたことは様々な要素をかなり省略して、状況証拠から考えているということにすぎないということには注意が必要です。
コルマの定義
インドカレーとしてのコルマには様々なレシピがありますが、一般的にコルマと言われて皆さんが思い浮かべるのは、油が浮いているお肉のカレーであったり、ナッツが使ってある濃厚なカレーであったり、ヨーグルトを使った白っぽいカレーであったり、普通のカレーと全く違いが分からないようなものであったりと様々かもしれません。まあ、あまりにも多様過ぎるので、今回まとめてみよう!という話になったのですが…。
そしてコルマのルーツを探っていくうちに、トルコでは炒めたり焼いたりした肉料理、イランでは煮込み料理(しかも肉が必須ではなかった(‼))といった具合に話が散らかり、ますますよく分からなくなってしまいました。
ここでWikipediaでKormaという単語を改めて検索してみましょう。すると英語版のページで興味深い一文を見つけることができます。
それぞれ同じルーツを持つ料理名がついておきながら、それらの料理どうしにはおそらく関係性はないだろうということらしいのですが、この一文の参考文献として、”Perry, C. "Korma, Kavurma, Ghormeh: A family, or not so much?" in Hosking (ed.) Food and Language: Proceedings of the Oxford Symposium on Food and Cooking 2009, p.254”が挙げられています。これはグーグルで検索をかければインターネット上でも閲覧が可能なので、読んでみると面白いかもしれません。この論文では、タイトルの通り、コルマとカヴルマとゴルメには共通の祖先となるような料理があるのかどうかが考察されています。Kavurmaと同じルーツを持つ料理名がエジプトから中央アジアまで分布していることと、それらの作り方がいくつかのタイプにグループ分けすることができるというが書かれており、それぞれの料理同士の関係については、それぞれの料理の方が、Kavurmaという単語よりも古く歴史が古い(つまり、既にに出来上がっている料理にKavurma系の単語が広く適用されていったということになる)ので、おそらくそれぞれのグループ同士の間に、料理としての関係性はないであろうということが述べてあります。
南アジアのコルマ
現代のインドでは、コルマはムガル料理として認知されていますが、ムガル料理はその性質上、その料理の多くが、ルーツを周辺地域の土着の食文化に持つ可能性が高いと思っています。詳しくはこちらの記事に↓
ムガル料理概説①
https://note.com/llittle_press/n/nb3bf95d955e3
そうであるとすると、ムガル帝国はイスラム教国家であったということと、北インドからパキスタン辺りが中心地であったことも併せて考えると、北インドのレストラン料理のコルマを考える前に、ムガル帝国のコルマを考えるために、まずはパキスタンのコルマを見てみるのがいい気がします。パキスタンのコルマがムガル帝国のキッチンで進化して、それが現代の北インドのレストラン料理のコルマに引き継がれていると考えることは、流れとしても自然と思えます。ここでパキスタンのコルマのレシピを一つ見てみましょう。
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