見出し画像

119.だって、母は看護師だから|Stay Home編⑥

bonjour!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。Stay Home編ではコロナ禍のフランスから帰国し、自主的に14日間の自宅待機中に感じたことを綴っています。今号は看護師の母の存在について。


2020年3月27日・Stay Home7日目。
起き上がれなくなった私たちを心配して、「母から助けに行く」とメッセージが来た。でもわたしは母からの申し出を断った。

【看護師の母】
帰国直後、私も夫も過労でダウンしてしまったので、心配した母から「わたし行くわ。職場には娘の元から戻ってきたら二週間自宅待機するって話してあるから」と。
すごーく来て欲しかった。
すごーく頼りたかった。
話だって聞いて欲しいこと、たくさんあった。
この状況で、母に手伝ってもらえたら、どんなに安心することでしょう。
しかし、母は看護師なのです。
小さな小児科クリニック勤務だけど、母は今、現場を離れるべきではないと思った。
だからそのことを伝えた。
かわりに、漬物とか金平とか、果物なんかと一緒に手作りのおかずを送ってくれる。
台所に立って、私たちのためを思ってそれらを箱詰めしている母の姿を想像したらなんだか泣けてきた。
幼い頃、母はいつも忙しそうで寂しい思いもしたけれど、幼心にこの人は大事な仕事をしているんだと思っていた。
それは今も変わらない。
心配症の母だけれど、私たちが周りからのサポートを得られていることは何よりも彼女を安心させてくれています。サポートしてくださるみなさん、本当にありがとう。
写真は友人と母が作ってくれたお惣菜とちょっぴりわたしの手作り料理。
食べられるか、料理したいと思えるか、がわたしの元気の基準なのだけれど、最近ようやく台所復帰出来るようになってきました。
さて、自宅待機も折り返しです。

#おうちにいます 7日目 
#StayHome

当時のSNS投稿より


いつの頃からだろうか。
私のお母さんは私のためだけに存在しているのではない、という感覚を持ったのは。母がどんなに疲れて帰ってきても真っ先にやるのは白衣を洗濯することだった。夕飯の時間後に脱水の済んだ白衣を洗濯機から取り出して、バンバンとしっかりシワを伸ばして干す。そんな毎日だった。

母は決して白衣と他の洗濯物を一緒に洗ったりしない。病院で働いているし、衛生上当たり前と言えば当たり前なのだけれど、母的に家庭と仕事の境界線をつけているように思え、「お母さんは仕事をしているんだな」と実感していた。

母が駅ビルの中に入った小児科クリニック勤務になってから、何の用だったか忘れたが、何度か高校の帰り道に立ち寄ることがあった。中に入ると、たくさんの子供達の治療を生き生きと行なっている看護師としての母がいた。家とはちょっと違う、仕事をする人の顔だった。でも、私のことを見つけると途端に家での母の顔になる。思えばそんな母の二面性を見て育ってきて、母には私のために存在している側面と、そうでない側面があることを悟っていた。

「ねぇ、おかあさん。わたしだけのおかあさんでいてよ」
と寂しそうに呟く自分。
「おかあさんってやっぱり、かっこいい」
と遠くから母を眺める自分。

子供としてのわたしにもそういう二面性が生まれた。
公人や、学校の先生を親に持ったりする人もこういう感覚なのだろうか。

母から連絡があって、この時のわたしは迷いなく「お母さんは現場から離れるべきではない」と言った。けれど、久々に自分の中の「二人の子どものわたし」が葛藤するのを感じて懐かしいやら切ないやら。母から送られてきた手料理を口に運ぶたびにさまざまな感情が湧いて、心が忙しかった。

生きていく場、暮らしの場、すべてがアトリエになりますように。いただいたサポートはアトリエ運営費として大事に活用させていただきます!