080. 開かなかった扉事件|オーベルニュ編
bonsoir!🇫🇷 毎週金曜日更新のフランス滞在記をお届けします。
今日はオーベルニュのB&Bで不思議な夜を過ごした翌朝のお話。現在5歳(当時3歳)の娘はだんだんとフランス滞在中の記憶がなくなっていくのですが、この「開かなかった扉事件」のことだけはかなり鮮明に覚えているようで何度も話してくるのでした。
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「ねぇ、フランスに住んでいた時のこと覚えている?」
「うーん・・・もう忘れちゃったよ!」
時々フランスにいた時の記憶を娘に尋ねるのだが、彼女が5歳になったあたりからだんだんと曖昧な答えが返ってくるようになった。それも仕方ない。フランス滞在当時、彼女は2〜3歳。
帰国後は「幼稚園に入る」という彼女のここまでの人生史にとって衝撃的な出来事があり、生活や社会との関わり方も家族の在り方もガラッと変わり、たった半年間の異国滞在の記憶をあっという間に飲み込んでいく。
わたしですら、フランスにいた時のことが追憶の彼方に消えていきそうなのを必死に拾っているような状況なので、過去を改装するよりも今が大事な彼女にとったらなおさらだ。ちょっと寂しい。けれど、日々が充実している証拠。健全なのだ。そう思ってわたしは粛々と終わるようで終わる気配がなかなか訪れないこの滞在記を今週も書き進める。
「あー、思い出した!ドアが開かなかったところね!」
けれど、フランス滞在中のことを尋ねるとよく返ってくるのが「ドアが開かなかった」というイベントの記憶。開かなかったドア?はて、なんのことだろう?と思いよくよく聞いてみると、どうやらオーベルニュで泊まった不思議な宿の近くにある教会のドアが開かなかったということを指しているらしい。
そういえば、この記事に書いた走行中にバスのドアが壊れて途中で降ろされて立ち往生した、ということもちょっと前までよく話していたっけ・・。
子どもの記憶の形成って一体どうなっているんだろう。大人にとっては「え?そこ?!」という部分をものすごい解像度で切り取っている。大人にとっては些細な日常の一コマが子どもにとっては大事件なのだ。そして、何かの拍子にふと思い出すらしく、こちらが忘れていたようなことまでとても詳細に話してくるのが面白い。
閑話休題。
そうそう、オーベルニュの開かなかった扉の話でした。なんだかマジカルな夜を過ごし、ぼんやりとした頭のままダイニングルームで朝食をとる。朝食を終えて管理人さんとお話していると、この場所を民泊として貸し出すことにしたのはつい最近で、どうやら私たちが初めての宿泊者だったようだ。なるほど。どおりで。ここは観光旅行者の匂いみたいなものが全くせず、宿泊施設というより連綿と古くからの生活者の記憶を残す場所にすっぽりと包まれるような、そんな感覚を覚える場所だった。
管理人さんがすぐ近くに教会があるよと教えてくれたので、朝食を済ませたその足で少し近隣を散歩してみることにした。石に囲まれた建物の中と同様、外もとても静かで、朝の鳥の声が響いているばかり。私たち以外、人っ子一人歩いていない。この街にはどんな人がどんな風に暮らしているのだろう。
時折カメラのシャッターを切りながらうっすらと太陽が差し込むゆるい石畳の坂を登っていくと、管理人さんがいう通り宿の本当にすぐ近くに可愛らしい教会があった。丸っこい建物の外縁をぐるぐるとたどりながら入り口を探すと、紫色の小さな扉を発見した。
さぁここから中に入ろうと、ドアの取手に手をかけるもびくともしない。鍵がかかっているようだ。うーん、今日は日曜日だから開いていると思ったのだけれど・・あー、気になる。その後も諦めがつかずに他の入り口がないか探し、中の状況を覗くことができるような小窓を見つけては近づいてみるも、その内情は全くもって謎のまま。
仕方がないので、諦めてさらに坂を登るとちょっとした小さな住宅街を見つけた。教会の荘厳さとは少しかけ離れた現代的な趣で、庭では子どもたちが楽しそうにサッカーボールで遊んでいた。この街にも人の営みがあるのだと思うと同時に、先ほどの扉が開かなかった教会の中を彼らも知っているだろうか、などと考える。
日本にも普段はひっそりと景観に馴染むように存在しているお寺や神社はたくさんある。(むしろそっちの方が多いのかも知れない)。有名なお寺や神社のように特に大きなお祭りや催事を行うこともないけれど、自治体や有志の人たちが人知れず管理して守ってくれているそんな場所だ。この教会もそういうところなのかしら・・?うかがい知れない中の状況が想像の中でむくむくと膨らんでいく。
「あの中には何が入っているんだろうね、ママ」
改めてもう一度尋ねてみて中に入ってみたらなんの変哲もない場所だった、ということはよくあるのだけれど、「あれってなんだったんだろう?」という妄想は実物を見る以上に旅の記憶を豊かなものにしてくれるのかも知れない。
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