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書籍紹介「ロックと悪魔」

元ミュージックライフ編集長の水上はるこさんが、Xで紹介されていたのを見て購入した本です。わたしはあまりヘビメタ方面は守備範囲ではないのですが、ロックにおけるキリスト教の背景などが書かれているようなので、興味を持ったのでした。

「ロックに政治を持ち込むな!」という台詞がネットを中心に世間を賑わせている。最初に聞いたときは耳を疑った。そもそも芸術活動全般が政治性をおびることは言わずもがなであるが、「ロックと悪魔」と聞いて私がまず思い浮かべるのは、とくにヘヴィ・メタルである。ヘヴィ・メタルとは悪魔表象を特徴とするロック・ミュージックだが、ロックはもとより悪魔が政治的でないことなど、あり得ないからである。

はじめに / ロックと悪魔 黒木 朋興

冒頭いきなりこういう書き出しで始まるのですよね。こう書かれると、え、著者はもしかして、聖飢魔IIとかにはダメ出ししちゃうような、「わたしは本物のロックを聴いてきた」系の人なのかと思ったのですね。いや〜、それ苦手なんだよなぁ…変な本買っちゃったかな…と冒頭でちょっと身構えてしまったのですが、全編を読めばそれは杞憂だったと申し上げておきます。

余談ですが、わたしは、かつてロックがカウンターカルチャーを体現する音楽として支持を集めた事実を否定するものではありません。ただ、それはもはや歴史上の話で、現在のロックと言われる音楽の大部分は、政治的なもの、カウンターカルチャー的なものは含まれない方が普通なのだと思ってます。これにこだわるのは、1960年代のヒッピー文化に直接影響を受けた世代と、その人たちから割と直接的に強い影響を受けたわたしたちの世代(今のアラ還世代)あたりまでのはずです。それより下の世代でそういう事を言う人は、だいたいが特定政党の支持者、もしくは特定政党アンチを強烈に表現する活動家か活動家まがいの人だったりするわけで、音楽以外に別の目的を持っている人ではないかと感じるのです。現在の普通の音楽消費者は、もうそんなこと意識してないと思うのですよ。歴史的にも、1980年代にロックミュージックが普通の人たちの音楽として広まり、巨大な市場規模を持った結果、そのことを「スタジアム・ロック」とか「産業ロック」と言って揶揄したのは、結局カウンターカルチャーの影響をひきずっていた一部の人達だったのだと思います。日本でも60〜70年代の学生運動世代の人たちが、吉田拓郎を「商業主義」と言って糾弾したことがありましたが、同じ根っこだと思うのです。そしてそういう音楽以外の思想的主義主張を持つ人が、「自分の意に沿わないコンテンツを攻撃する」ような行為が行われてきた歴史があるのです。わたしは一部の「音楽評論家」にそういう匂いを感じて、その界隈には近寄らないように生きてきた人間なのです。

ただ、この本の著者はわたしより10歳年下のフランス文学者の方でして、本書も最後まで読むと、聖飢魔II のような、「ネタとしての悪魔」については、許容しているわけですし、そういう意味では本来のリベラルな感じを受ける著者で、ちょっとホッとしたのでした。著者は恐らく、80年代にアメリカの一部政治家や宗教団体が繰り広げたヘビメタ狩りといえるような差別的行動に憤りを感じている人であるというのが、本書の端々から感じられたわけなのです。

もちろん、著者の専門を通じた欧米のキリスト教文化についてはさすがの情報量と洞察で、ヘビメタとしての悪魔表象が、英米のプロテスタント地域で発祥、拡大したのに対して、カトリック系のフランス、イタリアなどではほとんど広がらなかったというような観点、また最近の北欧メタルの一部がネオナチと結びついている点についての宗教を背景にした解説などは、非常に興味深いものでした。

実はわたし、クリスチャンではないのですが、たまたまカトリック系の中高を卒業しておりまして、授業の一環としてミサを体験したこともあるのですが、それだけにプロテスタントについては、ほとんど知識がなく、なるほどという内容が多々ありました。

ただ、著者はオジー・オズボーンをこのようなメタル、悪魔表象の元祖としてしばしば言及しているのですが、一方で、カウンターカルチャーをロックのひとつの源流として捉えるのならば、1966年にアントン・ラヴェイがカリフォルニアに設立したチャーチ・オブ・サタン(サタン教会)とか、また1968年にリリースされ、一部からサタニズムと中傷された、Sympathy for the Devil(邦題:悪魔を憐れむ歌)のローリング・ストーンズの話などもけっこう意味があるのではと思うのです。(サタン教会については、第3章に少しだけ触れられていますが、ロックの歴史としての流れでは記述されていません)

ストーンズはヘビメタの範疇からはずれるのかもしれないのですが、一応そういう歴史もあるわけで、「ヘビメタと悪魔」ではなく、「ロックと悪魔」という書名をつけたからには、この辺から話が流れていてもよかったのではとも思ったのでした。

ただ、多くの日本人にはどうも理解が足りていない、西欧の社会に通底するキリスト教文化、それもカトリックとプロテスタントの関係などについて、ロック(ここではほとんどがヘビメタではありますが)という切り口をもってくると、案外面白いものが見えてくるということを提示してくれた本書は非常に価値ある書籍だと思うと同時に、今の時代に良く出版が成立したなとも思うのです。この手の本は、後で探すとたいてい手に入りませんので、興味のある方はなるべく早めに入手することをおすすめします。




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