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親友の話

「例えばあなたがずっと壊れていても 二度と戻りはしなくても
構わないから僕のそばで生きていてよ」

私のnoteに時々登場する友人。1歳上の女性で、趣味が合い、波長が合い、毎日連絡を取り合っています。知り合ってからの時間はまだ1年に満たず、会話も敬語で行われるけれど、親友と呼んで差し支えないと互いに認め合っている存在です。たまに一緒に出かけ、共通の趣味についてやそれぞれについて喋り倒します。学校などの枠組みから外れた付き合いは、気兼ねがなくて楽です。

友人は睡眠障害に伴う精神疾患を抱えており、話せる内容は幅広くなっています。前のnoteでも述べましたが、自傷のことについて包み隠さず伝えている数少ない知り合いであるこの友人。友人はそういったことはしないので、わからないけれど、と前置きをしつつ、耳を傾けてくれます。静かな友人に甘えてしまっていたことに気づき、自身を猛烈に反省した話は下のnoteでしました。↓


冒頭に載せた歌詞は、米津玄師さんの曲「がらくた」のサビ部分です。私がこの曲に深く感銘を受けて友人に紹介したのでした。恋愛ソングと捉えても非常に意味の強い曲であるし、精神疾患など何かしら抱えた人にも深い洞察のこもった歌詞だよ、と。友人は一緒に読んで、解釈について私といくつか言葉を交わしたあと、言いました。

「私は○○さん(私)が壊れていても友達でいますから」

本当に嬉しくて、ハンバーガーショップで泣くかと思いました。それと同時に、私は誰かにこう言ってほしくて話を振ったのかもしれないと気づきました。それを見透かされていたとしても、ちゃんと言葉にしてくれるそのあたたかさが好きだと強く感じたのを覚えています。
あくまで親愛としてですが、こういう部分が心から好きであり、また、ありがたいことだなあと思います。友人は私に対し、話していると落ち着くと言ってくれるのですが、全く同じことを感じています。それが嬉しいです。


また、会話中、自傷の話を軽めにしていた時。
私が、当たり前だけど周りに自傷行為をしている人がいないから理解してもらうのが難しい、と何も考えずに零したところ、間を置かず出してきた友人の答えはこうでした。

「私が切りましょうか?」

大真面目で真剣な、まっすぐな瞳でそう告げられて、一瞬理解が追いつきませんでした。は?といった感じ。自傷行為について話した人は何人もいるけれども、そんなことを口に出してくる人には出会ったことがなかったから。当たり前でしょう。常識的に考えれば、そんな言葉は出てこなくて、でも、この人は。

私は、自分の感情への理解が追いつきませんでした。何よりもすぐに喉から出てきた言葉は「絶対にやめてください!」でしたが。本当にやりかねない目をしていたから、何度も、やめてくださいね!?と念を押しました。冗談という雰囲気ではありませんでした。

自分の感情をゆっくり整理したところ、私が自傷について人に求めていることは、正にこれかもしれないという結論に至りました。

待っているのかもしれません。言葉を尽くすでもなく許すでもなく怒るでもなく、痛みを直接わかろうと、同じ泥沼に飛び込んできてくれる人間を。上っ面の同情を飛び越えて、同じ行為を経ることで深く共感しようとしてくれる人間を。それを心の底では求めているのかもしれないと思いました。
もちろん、親しい人には絶対にそんなことをさせてはならないと思っていますが。

あたたかくて豊かで、失いたくない大切な友人です。これからも仲良くしてほしい。貰っている安らぎを、少しずつでも返していけたらいいなと思っています。

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