「貧困慶應生」の現在の経済状況について

 群馬県民という名前で活動させていただきます。
 プロフィールにも書いてある通り、私は現在、慶應義塾大学文学部人文社会学科1年です。今春、一浪を経て慶應義塾大学に入学しました。浪人や、慶應義塾大学に入学した経緯については、別の記事で書くつもりです。ここでは、ざっと私の現在の経済状況について、書かせていただきます。顔も知らなければ、もちろん会ったこともないような、不特定多数の読者に読んでもらうことを想定して、自分のことに関する文章を書くのは初めてですから、不慣れな点も多々ございますが何卒ご了承いただきたく存じます。
 私の現在頼りにしている収入は、日本学生支援機構の給付型奨学金の私立大学自宅外通学者の第一区分にあたる者に毎月振り込まれる、上限支給額75800円と自らその金額を10000円から12万円の範囲で設定できる、貸与奨学金40000円の計11万5800円です。現在アルバイトはしていないため、これが毎月の収入の全てです。6月から8月まで、およそ夏期講習期間と重なる時期に、個別指導塾の講師としてアルバイトをしていたので、その時に稼いだ給料の貯金も当てにしています。
 さて、突然ですが皆さんは慶應義塾大学、慶應生という言葉から、どんなイメージ、どんなものを連想しますか。おそらくお金持ちで育ちのよい学生、日本の経済界を牽引する資産家、企業家などお金持ちのイメージも連想されるものの1つに含まれていることと思います。そんな世間一般の慶應生のイメージとは全くかけ離れた存在が僕です。僕も、その語義に全く違わない慶應生、慶應ボーイのひとりです。しかし僕は、繰り返しますが、世間一般のなんとなくイメージする、キラキラした慶應生とは違います。
 理由は単純です。僕は、というか、僕の家庭は、お金持ちではないからです。もっというと、結構貧乏だからです。慶應生というと、世間一般には全員が全員親がエリートで、実家が太くて、……というイメージが常にあります。もちろん、実態はそうではありません。大学には様々な経済的背景を持った学生がいます。では、僕の家庭について説明すると、まず僕には父がいません。シングルマザーの母がいます。つまり、僕の家庭はひとり親家庭です。冒頭で僕は日本学生支援機構の給付型奨学金を受給していることを書きました。しかも第一区分で、です。第一区分に該当する家庭は、基本的には非課税(相当)世帯です。僕の家庭ももれなく非課税世帯です。そういうことです。僕が日本学生支援機構の給付型奨学金を第一区分で受給しているのは、僕の家庭が非課税世帯だからです。非課税世帯というのは、僕の知る限りでは、確か、本籍地に対して住民税を支払うことを免除されている世帯のことです。そうです。僕は住民税を支払わずに、今までずっと市民として、然るべき行政サービスを受けてきました。そういう社会保障のしっかりした日本は素晴らしい国だと思います。僕がここまで育つことができたのは、一部、母子家庭手当のおかげですから。さて、少しばかりの冗談はさておき。 
 祖母もいます。祖母も裕福ではないので、十分当てにすることはできません。しかし、然るべき必要に迫られたときには、祖母の経済的援助を当てにするように、と祖母から言われています。そうはいってもやはり、祖母に頼りきりになるわけにもいかず、そもそも祖母にも経済的余裕はありません。祖母が生きていくためのわずかながらの老後資金は、当然ながら孫の僕のために残されたお金ではありません。祖父はいません。若いうちに亡くなったそうです。経済的余裕のなさは、祖父の不在にもその理由を求めることができるだろうと思います。他にも祖母の経済的余裕のなさの原因はいくつかありますが、家庭の複雑な事情と関連するため、公にすることではありません。というか、ここまで書いてきたこともおそらく公にすべきことではないのかもしれません。どこまで言うべきでどこまで言うべきでないか、そこら辺の線引きは、未熟な僕にはまだ判断できないのかもしれません。でも書きたくなったその衝動は抑えがたい力をもって僕に襲ってきました。だからこうして不特定多数の読者が読むであろう、ノートというプラットフォームで書いているわけです。僕にもこの衝動の正体は判然としていません。一定の節度をもって、書いているつもりではあります。
 一旦ここまでにしておきます。続きは、また次のノート記事をお読みください。これからこのノートでは僕の思っていること、僕が僕の立っている視点から見える景色、僕にしか見えない歪んだ社会の見え方、社会がこうあればいいのに、という1つの可能体としての未来の理想社会、それとは程遠い位置にある現在の社会、日本の相対的貧困や現代社会の持つある種の生きづらさについて、僕の見えている景色から問題意識をもって書いていきます。僕が望む社会が少しでもみなさんと共感できる形であることを願い、今日も前を向いて生きていきます。

 
 
 


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