[三浦時明深掘り]中先代期三浦家考察の意義
今回は真面目に書きます。ゆるして
今回は、三浦家が中先代の乱で敵味方を問わず活躍したことを研究する意義をテーマに記していこうと思います。
これから中先代の乱での三浦家の話もするでしょうから、その基礎としてこの記事を残しておきましょう。
血筋の高い三浦家
三浦家の持つものとして挙げられるのはやはり血筋が挙げられると思います。
・由緒として鎌倉幕府創設時からの功臣という血筋
・得宗被官として佐原流となってなお生き続ける高い地位
・何よりも建武政権や室町幕府でも重要視される大きな勢力を持っていること
この3点はまず無視できません。
時明や時継といった大勢力が反乱に味方しても無視されない強固な地盤を持った一族と言えるでしょう。
そこから導き出される三浦家考察の意義
上記のことから、三浦家を考察する意義が生まれていきます。
例えば、三浦家の持つ地盤を持って関東廂番、中先代の主力として何度も活躍してきた三浦時明。
彼は三浦介(惣領が基本的に名乗る)を自称していません。そして、三浦介の兄弟ではありません。何世代も前に分かれた分流の三浦家に過ぎないのです。
それでもなお重用される理由として、三浦家全体が強固な地盤を共有し、無視できない存在だったからと考察できます。
彼ら全体を考察することで初めて、中先代の乱での三浦家は意味を持つのかもしれません。
さらに言えば、三浦家は時明だけでなく、葦名氏のような分家も存在し、それらが混在しあっている中先代の乱は三浦家にとっても異質だと思われます。
敵味方に分かれ、自分たちの持つ家を存続させるという意味では、三浦家にとって大事な局面であったのかもしれません。
まとめ
三浦家は、いくつもの分流を持った非常に幅の広い一族です。彼ら全体を知ることが、中先代の乱での「家」の存続が重要視されていた事実を知る一歩となると私は思います。