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掌編小説「僕たちだけの速さ」

どれくらい歩いただろう。
ずいぶん来た気がする。

ここまでの道中の景色はもう覚えていない。
あたりは草原が広がっていた。

ここはどこだろう
どこでもいいか

みんなが知っている僕から逃げるため
僕は歩き出した。
知らない道を選んで歩いた。
僕を知ってる人と会わないために。
どこまでもどこまでも歩いた。

『疲れたな少し休もう』

僕は横になって少しうとうとしいた

『ここからは星が綺麗に見えるんだな、』

かすんでいく視界に狐色の塊が僕の方に歩いてきていた。
近づくに連れてどんどんその塊は大きくなり
顔らしき所の周りに立髪が生えているのが見えた
ライオンだった

きっと夢だろう
そう思い、そのまま寝てしまおうとしたその時、

「大丈夫?こんなところで何してるの?」

僕は飛び起きた。
夢ではなかった上に、
ライオンに話しかけられたのだ。
眠気が一気に吹き飛んだ。

そのままライオンは続けた。

「一人なの?」
「う、うん」
「そうなんだ!きぐうだね!僕もなんだ、それなら一緒に旅をしよう!」
「旅?」
「うん。僕と遠くへ行ってみないか?どこまでも、どこまでも遠いところ。」

僕は戸惑いながらも、遠くと聞いてとても胸がワクワクした。

「うん。行く」
「じゃあ、僕の背中に乗って!」

ライオンは僕が乗りやすいように背中を僕の方に向け、グッと下げてくれた。
僕がライオンの背中に乗るとライオンは走り出した。

とても早くて、風が気持ちよかった。
背中からの景色はビュンビュン変わっていく。
僕はどの瞬間の景色も見逃したくなかった。
だから感じる風も楽しみながら、目をしっかりと開いて流れる景色を目に焼き付けた。

『これまで僕が周りを見ていなかっただけかもしれないけど、
僕がいる世界って美しいんだ。
これまでそれを見ずに生きてきたなんてもったいないことをしたのかもな。』

なんだかこのまま飛べてしまいそうな気がした。

「もっと遠くへ行けそうだね」

僕はライオンに向かってそう言った。
ライオンはこっちを振り向くわけでもなく、そのまま走り続けた。
顔は見えなかったけど、笑っている気がした。

「行ってみる?もっと遠く!」

ライオンのその言葉からワクワクが込み上げてきた。

「僕たちならどこへだって行けるさ!」

僕は叫んだ。

とても気持ちがいい。
この速さに誰も、何もついてくることができない。
僕とライオンだけの速さ。
僕を知っている人も友達も家族も、僕の上に乗っかっている悩みの種さえも振り落とされていく。
本当に気持ちがいいし、軽い。

『もう、帰らなくていいや』

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