(連載小説:第4話)小さな世界の片隅で。
眼を覚ますと。そこは、歩の自宅の部屋だった。
事故の一週間前の朝だ。ベッドで寝ていた。
携帯の目覚ましアラームが鳴っている。
”そうだ、この日だ。”
”大丈夫、覚えているぞ…。”
歩は、ぼんやりとした頭で、アラームを止め、
朝食をとる為、2階から1階のダイニングへ、階段を下りて行った。
頭が少しぼんやりしている。朝の7時30分。実家のダイニングに降りる。歩の暮らしている実家は、1階は、階段下の廊下を挟んで、東側に、キッチンとダイニング、リビングが続く。廊下を挟んだ西側は、客間が2間続いている。
歩の母と父は、早々と食事を済ませ、ダイニングテーブルで、母は朝のニュースと、NHKの朝ドラを、父は、リビングで、新聞と今日の折り込み広告を時折、目を移しながら、交互に見ている。
歩の父と母は、ともに会社員だったが、6年程前に定年を迎え、現在は、年金生活を送っている。
日中は、主に自宅で過ごすか、近所の同じくリタイアした農家の畑の一角を借りて、暇を見つけては、畑作業等をしている。
自宅の横の納戸には、畑作業で使う鍬や鋤、大小のスコップ、野菜の種、苗等が置かれている。
少し早めに家を出る妹(千絵)は、食事を食べ終え、リビングの片隅で、服を着替えている。
ちょうど、テーブルが空くこの時間に歩は、起床する。
ダイニングテーブルには、昨日の夕食の残り物が無造作に置かれている。
冷蔵庫から出したのか、器はまだ少しひんやりしていた。
炊飯器からごはんを取り出して、茶碗へ移す。
一人用のマグカップ用のティーポットに、
煎茶の茶葉をスプーンで、1さじ半程を入れ、
給湯器から、お湯を注ぐ。
注がれたマグカップの中を、上からぼんやり眺めると、湯気の向こうで茶葉がゆっくり開き、緑茶の淡い緑色が湯の中に溶け出していくのが見える。
湯気の中に青い香りが立ち上がった。
歩は、茶碗とマグカップをテーブルへ持っていき、朝食をとりながら、熱い緑茶をすすった。
緑茶の苦味と渋み、青臭さが口中に広がり、鼻へと抜ける。
ゆっくり飲むと、茶の暖かさが、おなかに落ちていくのが分かった。
”落ち着くなぁ。”
これで、朝特有の気怠さと、こびりついた眠気が、歩の身体から少しづつ抜けていくのだ。
いつ頃からだろう。歩は、よく眠れない事が多くなった。もう何年も熟睡はしていない。
短時間の浅眠を、数時間置きに繰り返し、朝を迎える事という睡眠に変わっていった。
身体は休めても、疲れが取れず、体の芯には、いつまでも、取り切れない疲れが残っていた。特にひどい時は、一日中頭痛がし、体中が重かった。
この疲れと眠気を、朝の一杯の緑茶が軽く癒し、体を頭を覚醒させてくれるのだった。
いつもと変わらない光景、日常。かつての歩は、この毎日の変化の無い光景にうんざりしていた。閉じた輪の中を永遠に回り続ける様な日常。この中を永久に出られないような気がして、堪らない気がしたのだ。
そして、この中で、刻一刻と、変わらないまま、年老いていく自分にいら立ち、焦っていた。
まだ実家暮らしを続けている恥ずかしい気持ち。
中年になってしまった自分を時に、子供扱いする両親。それに自分の存在意義を感じている様にも思えた。
そして、それに我関せず、先の事を全く考えていない様に見える、派遣会社で非正規として働いている、妹の千絵が居た。
とうの昔に役割を終えているはずであるのに、
親の役割を演じ、子供の役割を演じ続けている関係。
この毎日の中で、
どこも自分の様な気がしたし、
どこも自分じゃないような気もした。
歩は、緑茶を飲みながら、少し考えてみた。
あの、きっかけはあったにしろ、
自分は、どうして、あそこまで追い込まれたのかと。
歩は、2度目の過去の、
2重になった心の中を改めて、整理してみた。
”僕は、変わりたいけど、変われなかった。
いつも、何をやっても中途半端だった。”
”昔から、強くこれがやりたいという事もなく、
自分の意思ではなく、何かの影響で、瞬間的に、やりたいと言った事もさして長続きせず、何をしても、人より時間がかかり、劣等感も人一倍。不安を感じる事も多かった。”
“しいて言えば、普通の人生を通り、“普通の人”になりたかった。”
”その不安や劣等感は、人と一緒にいる事で、和らいだ。心のどこかで、自分を集団に埋没させる事で、自分は、他の人と同じと思いたいという気持ちがあった。“
”それは、幼い頃から、”普通の人”にはなれないと、うすうす感じていたからかもしれない。“
”集団の中にいて、楽しい事もたくさんあった。一方で自分は決して混じり合えないと思う、自分がいた。それが何かまでは、掴みとれない。“
”混じり合えない集団に合わせる苦痛もあって、それを認めたくない自分もいた。”
“一時は、混じり合えない自分は、周囲の理解が足りないからだと、原因を自分以外の他の物に転嫁して考える事もあった。”
“けど、そんな事はなかった。場所や仲間を変えても、表面的には、装えても、自分の奥深くにあるこの気持ちは、変わらずそこにあった。
どうやら原因は自分の中にあるようだった。“
”集団も(全てではないけれど)年齢を重ねるごとに役割や性質が変わっていく。“
”そんなもんさ。と考えるようになった。人は人、自分は自分なんだから。元々違うんだからと。“
”だけれど…。“
”そんな幾つもの乱立する矛盾した折り合いのつかない気持ちが自分の中にあった。“
”一時期は、その折り合いを、自分にできる努力と我慢で埋め合わせようとした。そして、それが、人に悟られることの無いように気を使った。“
”どうにかなる事もあった。
どうにもならない事もあった。“
”そして、
どうにもならない事は、歳をとるにつれて、その輪郭がはっきりしてくるのが分かった。
どうにかなる事で、どうにもならない事を埋め合わせようとした事もあった。
しかし、それをやればやる程、どうにもならない事は、自分の中で、その濃さを増していった。“
”どうにもならない事ばかりにとらわれるようになった。
なにかうまくいかない事があると、どうにもならない事が頭をよぎり、全部それに関連している様な気がした。“
”所属している大きな集団(社会)から、どんどん離されていく感じがした。強がって、自分から離れようとする気持ちもあった。そんなの気にしてないし、関係ないよと。
関係ない事はなかった。
社会が、あちら側とこちら側に見えない何かで、分かれた気がした。
そして、もう、あちら側には行けない気がした。“
こんな事を感じている、考えているのは、歩だけだと思っていた。
顔を上げると、母親がNHKの朝ドラを見ていた。
”母親は、よくテレビを見ていたのだが、最近は、以前は好きだった、ワイドショー等をあまり見なくなり、日常と関係の無い、外国の映画やドラマばかり見る様になった。”
”歩には、それが、同年代の他の人が映る生活を(普通の生活を)見ないように情報を遮断している様に思えた。”
この”普通じゃない生活“を直視せず、問題から逃げている様に思え、自分達の中だけで成立する”“普通の生活”を堅持している様に思えた。”
”この状況に甘んじている両親、妹に何故か、腹がたっていた。”
”家族(閉じた輪の中)ごと、あちら側から、取り残される方向に流れているのに、それに甘んじている様に感じた。自分達が楽な様に。”
反面、申し訳ない気持ちもあった。
せっかく育ててもらって、
こんな思いをしてもらいたくはなかった。
どろどろした黒い感情が押し寄せてくる。
胸の奥がギュっとした。
耳の奥がツーンとし、軽く頭痛もしてきた。
その時、玄関の戸が閉まる音がした。
妹(千絵)が、家を出ていった様だ。
時計を見ると、もう8:00になっていた。
そろそろ歩が、家を出る時間である。
歩は、一旦考えるのをやめた。
軽く身支度をし、重い足、疲れた体を引きずりながら、家を出て、
通勤に使ういつもの自転車に、情けない自分を乗せた。
”会社、行きたくねぇなぁ…。”
ふと、一週間前と同じセリフを言ってみた。
雰囲気を出そうと思って、ちょっと言ってみたかったのである。
悪くはなかった。
歩は、自転車をこぎ出した。
10月の朝は、空気が澄み、風も静かで、空が高かった。
”おじいさん、いや、神様か?それじゃ、いってくるよ。”
歩は、空に向かって呟いた。
すこし早い秋風が、歩の背後で吹いた気がした。
(次号へ続く)
第3話。
※第1話はこちらから。
※今年から始めたこのnote.
拙い文章に、お付き合いいただきありがとうございました。まだまだ表現する力は乏しいですが、とりあえずこの連載小説だけは、時間がかかってもいいから、自分のペースで書き続けていこうと思います。書いていく上で、時に自分の見たくない面に目を向ける事もあり、気分を害される方もいらっしゃるかもしれません。
でも誰かを批判しよう、攻撃しようという意図は全くありません。
それらを含めて気分を害された方には、心よりお詫びを申し上げます。
そういった意味で言うと、その先は、弱い弱い、この自分に向いておりますので、あしからず。
でも、1人でも見てくれている方、共感していただける方がいれば、僕は書き続けていこうと思います。
来年も良い年になりますよう。社会の片隅から願っております。
今年もお疲れ様でした。社会の片隅から。徒歩より。
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