10 未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!
No.23 帝と沙織の初対面シーン(五右衛門)
帝と沙織の初対面シーンは想定外だった。
恋に落ちる要素はゼロだった。
もちろん、帝はキマっていた。初めて私は帝にお目にかかったが、なるほど震え上がるほどの美形だった。
ただ、御簾ごしでそのハンサムな顔がまったく沙織に見えていなかった。沙織は沙織で畏れで震え上がっており、恋に落ちる気配は感じられない対面であった。
私が驚いたのは帝の心が読めなかったことだ。そんな忍びは初めて出会ったので驚いた。
帝の『爺』が帝の味方でないことは分かったし、『爺』が沙織と帝をつなぐ重要な役割を果たしているのも分かった。『爺』が仕組まなければ、敵の思惑通りに二人が近づくことはないのだから、私はそこをあえてどうこういうつもりはない。
だが、この二人がどうやって急速に恋に落ちるのか、私もまったく読めなかった。
No.24 美しい貴和豪一門の忍び(沙織)
帝のお城を辞して、城門から外にでた、私は大きくため息をついた。
後を振り返って秀麗な城を眺めた所で、思いっきり突き飛ばされた。
「ごめんあそばせ。」
涼やかな声で、そう声をかけられた。
私は、見事に地面にひっくり返り、手のひらをとっさに付いたからよかったものの、顔が地面に擦れる直前であった。手のひらには小石が食い込み、血が出ていた。血の匂いを微かに私は感じ取った。忍びで武家の人間なのに、見事にひっくり返ってしまった。その事実に呆然としてしまった。
私は呆然としながらも声の主を見た。
そこには、金茶色の振袖を着た若い女性が立っていた。たいそう色白で、目が切長で、美しかった。漆黒の髪を華麗に結いあげており、私の恋紅色の髪や、五右衛門さんの唐茶色の髪とは一際違っていた。
漆黒の黒髪は、この時代の地球では珍しかった。それは、ある人種であることを指している。忍びの中でも、最高級の財力を誇る一門の出であることを意味していた。貴和豪一門の忍びである。
「沙織さん!」
呆然とする私を、五右衛門さんが手をさしだして起こしてくれた。
気づいたら、口の中も切れていた。ざらりとした舌の先で、血の味を感じた。ひっくり返った時の反動で、自分の歯で口の中を傷つけてしまったようだ。手のひらはヒリヒリと痛むし、口の中にも衝撃が残っている。
「あなた、ちょっと顔を貸していただける?」
私を突き倒したその女性は私に冷たく言った。
「な、何ですか。」
私は思わずムッとしてその女性に言った。
No.25 豪奢な毛皮に覆われたレエリナサウラに引かれた恐車(沙織)
「あら。あなたにとっても利益のある話よ。聞いておいた方が、損がなくてよ。」
冷たいが、透き通るような声でその女は言った。
「私は貴和豪牡丹です。」
私を突き飛ばしたその女はそう名乗った。
「なぜ突き飛ばす必要があったのですか。まず、謝るのが先でしょう。」
五右衛門さんは冷静にその女性に言った。
「ごめんなさい。」
「でも、あなたも油断し過ぎよ。一応は忍びの武家の端くれでしょう?」
鼻にかけた態度で女性はそう言った。
白くて細くて長い首筋に、漆黒の髪がはらりと落ちていた。華麗に結いあげた髪が、私を突き倒した衝撃で崩れたのであろう。
私は忍びの武家の出なのでそう簡単にはひっくり返らない。つまり、牡丹と名乗った女もそれなりに大きな力を使ったということだ。
「いいわ。話を聞きましょう。」
私は、そう彼女に言った。
「沙織さん、待って。」
「ごめんなさい。五右衛門さんも付き合っていただけますか。」
私を止める五右衛門さんに私はそうお願いした。
貴和豪牡丹が、金茶色の振袖を一振りして、素早く手で合図をした。
豪奢な毛皮に覆われた小さなレエリナサウラが引く車が近づいてくる音が、私と五右衛門さんの耳に聞こえてきた。恐車だ。
恐車は、どこかで、タイミングを待っていたらしい。
恐車は富の証だ。レエリナサウラに引かせるものとなると、そうそうお目にかかれない。
「さあ、お乗りになって。」
牡丹はそういうとさっさと車の中に乗ってしまった。
私は黙って乗り込んだ。五右衛門さんも仕方ないと肩をすくめて乗り込んだ。
しかし、読みが甘かった。
扉が閉まると、車の背面の扉が開いて黒装束の男たちが四人現れたのだ。あっという間に手足を拘束されてしまった。
「きゃっ!何するの?」
「な、な、何するんだー!」
私と五右衛門さんは、頭から布袋を被せられてすっぽりと全身を覆われ、足元で袋の裾裾を閉じられてしまった。
No.26 敵か味方か(沙織)
「叫ぶと命はない。」
氷のように冷たい声で、牡丹がそう言うのが私の耳に聞こえる。
男たちの全身から悪意を感じて、私はゾワリとした底知れぬ恐怖を感じてふるえが止まらなくなる。
その間も恐車はどこかへ走りつづけている。
「いいわ。」
無言の男たちに牡丹がそう言うのが聞こえる。
「こんな何の取り柄もない者が帝のお妃候補なんて、ふざけすぎているわ。」
牡丹がそうはっきり言うのが聞こえて、私は悲しくて泣きたくなった。
私は何とかしなければとあせった。どうしようもなく涙が出てくる。相手は忍びの中でも強烈な力を持った相手で、私と五右衛門さんのような奉行所勤めがかなう相手ではない。
しばらくして恐車は走りつづけているのに、扉が開く音がして、男たちの気配|が消えた。外に飛びだしたのか?
私は五右衛門さんに念じつづける。
「何とかせねば!」
みじろぎせずに密かに自分の両手を縛っている縄に集中する。脱出方法を考えなければ。
けれども、驚くことが起きた。
男たちの気配が消えてしばらくすると、足元で固く結ばれた布を縛る紐が解かれたのだ。牡丹からする柔らかい香りが私の鼻をかすめる。
袋が取られて手足を縛っていた紐がスルスルと解かれる。
貴和豪牡丹は素早く私の耳元に口を近づける。
「いい?トラビコンよ。あなた持っているでしょう?」
袋が取られて、急に明るくなった視界に目を細める私に、グッと貴和豪牡丹は顔を近づけて言った。
牡丹の漆黒の髪は、さらに乱れていた。かなりの速さで私たちの拘束を解いたからであろう。
あまりのことに目を見張る私と五右衛門さんは、お互いに顔を見合わせる。
「トラビコン。早く!」
それだけ言うと、金茶色の振袖姿の貴和豪牡丹はあっと言う間に外に飛びだした。
私も慌てて続いて飛びだそうとすると、恐車を引いていたはずのレエリナサウナが一匹だけになってしまったのに気づいてはっとする。男たちと牡丹はそれに乗って逃げたと気づいた。
私はそこから早かった。
忍び服の袂から、ゲームで手に入れたトラビコンの粉を取りだし、五右衛門さんの舌にすりつけ、自分の舌にすりつける。
「飲みこんで!」
私が五右衛門さんにそう言った瞬間、猛烈なスピードで走っていた恐車は傾き、橋から真っさかさまに落下した。
ゆっくりと、周囲の世界が傾いて落ちていくのが分かる。
私と五右衛門さんはお互いの顔を見あわせると互いに同時に叫んだ。
「飛び降りましょう!」
「飛び降りるんだ!」
私と五右衛門さんは真っさかさまに川に飛びこんだ。車の端を足で蹴って勢いつけて外に飛びだし、数回転し、そのまま川に飛びこんだ。
奉行所勤めの忍びでも、寺子屋時代から鍛えられた俊敏さはそこなわれていない。
川の水は冷たかった。
あの高さから落ちたならば、本当に袋詰めにされたままならば、簡単には浮かびあがることはできないであろう。
私と五右衛門さんは身振りで合図をして水中に身をひそめた。
トラビコンの粉のおかげで水中でエラ呼吸できる。
命が狙われるとは、このことか。
私は水中で目をあけて、様子をうかがいながら帝の言葉を思い出した。