9 未来の地球と辺境の星から 趣味のコスプレのせいで帝のお妃候補になりました。初めての恋でどうしたら良いのか分かりません!
No.20 悲劇にまっしぐらに進む二人(五右衛門)
私が知る限り、沙織はお妃候補に突然選ばれたことで激しく動揺している。
突然のことに戸惑って昨晩はあまり眠れなかったようだ。身分違いの結婚話だ。もとより、沙織にそんな野望はなかったはずだ。
もちろん、五右衛門である私は、知らないふりをして沙織のそばによりそっている。
私がコスプレネットワークに出された沙織のSOSに馳せ参じたのは、今回の任務の中では決まった打ち手だった。
今回標的にされた沙織を、帝は命を狙われてきた自分と重ねてしまい、咄嗟の判断でお妃候補に任命した流れのはずだ。これは、元の運命通りだ。
悲劇にまっしぐらに進む帝と沙織だが、ここのシナリオは変えてはならぬと博士に強く言われていた。
私は、悲劇に突き進む帝と沙織が出会う中で、沙織の同僚として、この悲劇の流れを見守る役目を果たす。
だが、コスプレオタクの沙織と、稀代の幸運を持つと誉高い若君の恋の詳細については、私も知らぬ。
No.21 帝からのお迎えの乗り物(沙織)
忍びたるもの薬草のプロフェッショナルであるし、サバイバルのプロフェッショナルだ。
プロフェッショナルなことはたくさんあるのに、「帝」対策は一切学んでこなかった。そんな私はただの奉行所勤めの二十三歳。
「帝は、一体、どんなお人なの?」
「私も知らない。」
五右衛門さんも、そう言う。
私たち二人は途方にくれて、奉行所の最上階の屋外桟敷で待っていた。
得意な術で、上司の目を盗もうと人をあやつる術を使うことがそんなに悪いことのはずがない。
やっぱり噂のゲームに参加してしまったこと、参加者を増やしてしまったこと、この二つのことがらが、私が帝に呼びだされた原因だと推察する。
その推察が正しいとすれば、帝は、私が趣味のコスプレでプテラノドンにばけていることもご存知となる。五右衛門さんが、コスプレで同じようにプテラ装をしていることも、ご存知となる。
最悪だ。
趣味のコスプレでゲームに興じて、参加者と一緒に過去の地球にタイムスリップして楽しんでしまい、挙げ句のはてに共犯者を増やした戦犯《せんぱん》が私になる。
「観念することだ。」
奉行所勤めの先輩である、勘定方の五右衛門さんは、私にそう言い放った。
私は今日は薄紅色と樺桜色を基調とした紋様の忍び服を身につけている。一応、帝にお会いするにしてもそれほど恥ずかしい服ではないと、自分に言い聞かせてなんとか慰める。
五右衛門さんは、私たち二人をお迎えにきたというご立派なプテラノドンに涼しい顔でのってしまった。帝は私たちがプテラノドンのコスプレをしていると知っていながら、プテラノドンを迎えによこしたとなる。
私は、五右衛門さんには内緒だったけれども、帝にお会いしたら、折を見てぜひお聞きするつもりだった。
ただのコスプレマニアの私が、なぜ、突然お妃候補に選ばれることになったのか。
No.22 帝のとの対面(沙織)
これがシンデレラストーリーならば、姉の琴乃は私のじゃまばかりをしているだろうし、母の麻子はまま母であろう。
しかし、姉の琴乃は美人で能力も高くて私にやさしい。美人な母も実の母で、私の敵ではない。
私が帝にみそめられる前に、突如としてお妃候補になったということは、もっと大きな敵がいるということかもしれない。私はそれが何なのか知らない。
私のシンデレラストーリーには、何かの陰謀が隠れているはずだという気がしてならない。ゲームがらみであれば。
プテラノドンで帝の城に向かった私と五右衛門さんは、自分たちの前で城の大きな門が開くのを恐れ多い気持ちで眺めていた。なぜこんなことになったのかと考えても今更遅い。立派な門をくぐると砂利道がつづいており、城内に案内された。
気の遠くなるほど長い通路をぬけた。やがて、さわやかな井草の香りがただよう座敷にとおされた。
そして、今はひれ伏して御簾の向こうの帝の気配を感じている。
「お初にお目にかかります。間宮沙織でございます。」
私は、五右衛門さんに続いて挨拶の言葉を言った。緊張のあまりに声がふるえてしまっている。
「そなたたちが何をしたのか知っている。」
「しでかしたのか知っている、と言うべきだな。」
帝の声は凛とした強さを秘めた少しだけ低めの声であった。
「そ、それは、大変申し訳ございません。」
私はたたみに頭をつけんばかりに、より一層頭を下げて謝った。嫌な汗がじとりと吹きでてきて背中をつたう。
「許されることではないことは知っているか?」
非常に厳しい口調だ。
「証人はそこにいる爺だ。言い逃れはできぬぞ。」
帝がきつい口調でそう言った。私と五右衛門さんはそう言われて、頭をそっと少しだけあげた。御簾の手前のところに座っている人物を見た。
思ってもない人がそこにいた。
「昨日はどうも。」
声をかけられて、私と五右衛門さんは死ぬほど驚いて鼻血がでそうになった。
「あなたは!」
ジャックのプテラを担当した五十一歳のおじさんが、手ざわりが大変よさそうな上等な絹のあつらえを着て、そこに座っていた。
「そうです。私はジャックのプテラを担当させていただきました。」
私と五右衛門さんは、驚きのあまりに一言も言えなくなった。
「こちらは私わたくしの世話役であり、作法教官の爺なのです。」
帝がそうつけくわえた。
「残念です。あなたたちはやってはならないことをやってしまった。」
冷たい声で御簾の向こうから帝の声がそう言うのを、私と五右衛門さんはただ黙ってひれ伏して聞く。
井草のかぐわしい香りがただよっていたはずのお座敷に、凍りつくような緊張感がただよった。
けれども、私は決して許してはもらえないかもしれないとは思ったものの、自分がなぜお妃候補になったのか知りたい。帝に直接お聞きしたい。そう思って思いきる。
「恐れながら、あの、私は帝に一つお聞きしたいことがございます。」
私はふるえる声で顔をふせたまま言った。
横にならんで一緒に伏している五右衛門さんの顔がちらりと見えた。ひどく青ざめているように見える。
「何か。」
御簾の向こうから冷たい帝の声が私の心に突き刺さる。
「その」
「何か。はっきり言いなさい。」
帝はたたみかけるように語気を強めて言った。
五右衛門さんにはおそらく隠しごとはできまい。私は思い切って尋ねた。
「なぜ、私が帝のお妃候補なのでしょう。」
私は半泣き状態でふるえる声で帝に言った。
長い沈黙があった。
「仕方がなく、已む得ない処置だと私が判断した。」
帝が話しはじめた。
「禁じられたゲームに参加した者は、命を狙われるであろう。すぐに私の庇護下におく必要があった。」
やはりゲームに参加したことが理由であったか。
「ゲームの参加要請は今のところ、間宮沙織さん、あなたにしかこない。」
「あなたは私のそばにいて、私にゲームのことを説明して欲しい。」
帝はきっぱりとそう私に言った。私はひれ伏したまま黙ってうなづくだけで精一杯だった。
「橘五右衛門さん、あなたは、今聞いたことを決して他言してはなりません。よろしいですか。」
帝はそういうと沈黙した。
「は!決して他言致しません。」
五右衛門さんは伏したまま勢いよくそう言った。
「二人とも命が狙われるということをよく覚悟なさい。特に間宮沙織さん。」
静かに帝は言った。
こうして私と帝の初対面が終わった。御簾ごしであったので、帝のお顔立ちは非常にうるわしい顔立ちだという噂について私は間近で確かめることはできなかった。
卒倒するほど非常に麗しい顔立ちだという噂だけれども・・・・・本当によく見えなかった。
一つ明確になった。コスプレマニアの私が帝のお妃候補に選ばれたのは、帝としてはどうしようもない事態だったからだ。間違えても私を帝が好いたからではない。
姉にも兄にも父にも母にも話せない、私が禁断の罪を犯したからだ。