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変わりゆく未来 第1話

「いったいどうなっているんだ?」

 私はやはり混乱している。そりゃ、そうだ。起こるはずもないことが、現実に起こっているのだから。この世界で、今まで絶対に起こったことはないだろうし、私もそんなん、見たこともないし、聞いたこともない。あり得ない、あり得ない。でも、私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?

 多分、他人から見た私は、気の弱いヤツに見えているのだろう。確かにその通りなのだ。あんまり、人前に立つなんてことは得意じゃないし、できれば、そっとしておいてほしいし、平穏無事な毎日が望みだった。そうね、体格もそんなにいい方じゃないし、スポーツだって得意じゃない。勉強も得意じゃないから、一生、こっそりと暮らしていくことが目標だ。それなりに働いて、それなりの住まいで暮らすことが一番だと思っている。残念ながら、そんなヤツでは彼女もできるはずもなく、ずっと独り身だが、まあ、仕方がない。そんな人生でもそれなりに満足しているのだ。なのに一体どういうことなんだ?

 いつものように同じ時間に席を立ち、同じ時間に会社をでて、同じ電車に乗る。その日もまったく同じだったのに。

 だが、その日の電車はやかましかった。いつもいないはずの中学生が数人、騒いでいた。最近の子供たちはみんなスマホを持っている。そのスマホでなにやらゲームを楽しんでいるようだった。それも多分、オンライン対戦か何かで、みんなでワイワイやっている。相手をやっつけては歓声があがり、やられては歓声があがり、その喧騒にもううんざりしていた。

 特に誰も注意はしない。当然、私もするわけがない。まあ、仕方ないとあきらめて、知らん顔して外の景色を眺めていた。こんな時にイヤホンがあれば、何か曲を聞いて、この喧騒に巻き込まれないで済んだのに。

 そんな時だった。急に立ちくらみがして、意識を失った・・・気がした。多分、そんな長い時間気を失っていた訳ではなかったと思う。瞬間だったのかもしれない。

「おい、どうしたんだ?」
「大丈夫か?」
間近に中学生たちの声が聞こえた。
「え?」
目を開くと中学生たちの真ん中にいた。
「なんで?」
 こんなところにいるんだ?私がその中学生たちの顔を見渡すと、また、何事もなかったかのようにワイワイと喧騒がはじまった。

 だけど、なんで私はここにいるんだ?そんでもって、なんでこいつらとスマホゲームなんかしているんだ?で、こいつらは私とゲームして違和感はないのか?

 私は頭の中をいろんな「???」が駆け巡り、シャットダウンしていた。
「あっ!」
 瞬間、私のいた場所を見た。そこには、何人かの人たちが誰かを抱えていた。
「えっ?!」
 突然、中学生たちの輪から抜け出て、その場所へ飛んで行った。そこには、そこには、自分がいたのだ。
「この人大丈夫なんやろか?」
 すぐ横で声がした。中学生の一人だ。彼もここに飛んできたみたいだった。私は、茫然となった。
「いったいどうなっているんだ?」
 私から見える自分の衣服は、学生服だ。あり得ない!!あり得ない!!絶対にあり得ない!

 私から見える、抱えられている私だった人は、目を開いた。
「すみません。もう大丈夫です。」
と、言って何事もなかったかのように、立ち上がり、周りの人に頭を下げ、その場のつり革につかまった。

「え?」
 入れ替わったのではないのか?私が中学生なら、この中学生だった彼は、私になっているはずだ。なんの根拠のないのに、それが常識のように思った。実際、窓に映る私は中学生だった。で、この人は私?!でも、この私だった人は何も混乱しているふうではない。なぜ?私が感じていることは、見ていることは、いったい何なんだ?どうなっているんだ?

「おい、早く続きしようぜ!」
 彼は、私の腕を引っ張り、もとの席へと促した。私は彼に引っ張られるまま、元の席へ戻った。あまりに現状認識能力が欠けている私は、自分の思う常識と違うことに、ショートして何も考えられなかった。

「何やってるんだ。死んじゃったじゃねーか!」
 中学生の中の一人が叫んだ。そうだ、もう私は死んでいる。どうしていいのか、全然わからない。
「お前、ちゃんとやれよ!」
 他の中学生も私に言った。でも、私にはそのやり方もさっぱりわからない。
「やめとくわ。」
 私は力なく口にした。いかん、いかん、どうしたら元にもどれるのか?でも、元にもどれなかったら、どうしたらいいのか?いろんなことが頭を駆け巡った。でも、どうしていいのかわからない。頭を抱え込んでしまった。

「調子、悪いんか?」
 一人の中学生が、私に言った。
「うん。」
 確かに調子悪すぎだ。こんな状態で調子いいヤツなんておるんか?でも、体調は悪くなさそうだった。冷静になって、状況を確認すると、確かに体調はよさそうだ。でも、中学生の私は、なんて名前で、どこの中学に通っていて、どこに住んでいるのか、何もわからない。この場を乗り切るにはどうしたらいいのだろうか?

 私を入れて4人の中学生。彼らに対して、どう接していいのだろうか?中学生を演じるには、年を取り過ぎている。あの頃、どうだったか?なんて、今更、思い出せない。どうせ、たいしたことなんかしてなかったし、どうやって過ごしてきたか?なんて、思い出せやしない。

「じゃ、またな。」
 今着いた駅で2人が降りた。自分が何者なのか、まだ、何もわかっていない。残った一人の中学生に思い切って聞いてみた。
「お前、おかしいぞ!」
 ちょっとの差で、先に口火を切ったのは、残った中学生だった。
「ごめん」
私は即、続けてこう言った。
「君、時間ある?」
「まあ、あるっちゃあるけど?」
「ちょっと、付き合ってくれないか?」
「別にいいけど。」
「変に思うかもしれないけど、僕らの降りる駅って、一緒かな?」
「はっ?次じゃん!」
「じゃ、降りたら、ちょっと付き合ってほしいんだけど。」
「お前、やっぱり、おかしいぞ!」
「そうなんだ。おかしいんだ。」

 駅に着いて僕らは降りた。駅のホームのベンチに座ってこう言った。
「実は、記憶がないんだ。」
「はっ?何言ってんの?」
「名前も、何もかもわからない。教えてくれないか?」
「まじか?からかってんのか?」
「いや、まじなんだ。」
 彼はしばし沈黙した。おもむろに私を見て、にっこり笑った。
「わかった、わかった。いつもの冗談やんな!」
「ほんとにマジなんだ!何もかもわからない。先に降りた2人も知らない。君のことも何も分からない。」
「マジか!本当にマジか!」

 私の状況が信じられないという感じが、ヒシヒシと伝わってきた。
「ひとつづつ、教えてくれないか?」
「あ~、うざ!」
 そうだよな。そんなこと、ひとつづつ丁寧に教えてくれる世代ではないよな。仕方がない。自分でどうにか調べてみようと思った。
「わかった。自分で調べる。またね。」
「おう、じゃぁな!」
 あっさりと、彼はその場を立ち去った。私は自分が持っていたカバンを調べてみることにした。なんせ、自分の名前も分からない。それにどこに住んでいるのかもわからない。

 スマホ!スマホだ。この中にヒントがあるかも?とは、言うものの、今まで使っていたのが俗に言うガラケなのだ。スマホなんて、どう使うのだ。困った。やっぱり、カバンを!

 中には教科書、ノートなどが入っていた。当然だ。名前の欄には、「武田洋」と書いてある。この中学生は武田クンなのだ。名前は洋と書いてヒロシなのか、ヨウなのか?それはわからない。少なくともタケダくんであることには間違いなさそうだ。

 住まいはいったいどこなのか?あ、生徒手帳は?どこだ?どこにある?ん、あった!住所は?あった!これで、この中学生は家に帰れる、たぶん。でも、家に帰ってから、両親にどう話をしたらいいのだろうか?家の中の状況は全然わからない。この中学生の母親はどんな人なのだろうか?ちゃんと話を聞いてくれるのだろうか?その前に、住所は分かったけど、地図がないとどう行ったらいいのか分からない。困った。

 突然、カバンから何やら音が流れた。これは、着信音?確かにスマホからだった。が、どうやって出ればいいのかわからない。あたふたしていたら、切れてしまった。誰からだったのか?すぐさま着信音が。無理だ。どうやって取ればいいのかわからない。どこか指が触れたのか、声が聞こえた。さっきの中学生だ。
「もしもし、家についた?」
「いや、まださっきの駅のベンチ。」
「マジかよ。」
「自分の名前がタケダということがわかった。下のなまえはヒロシでいいのかな?」
「マジで言ってんの?」
「本当にマジだ。」
「わかった。そこにおれ!」
 どうやら、彼は来てくれるらしい。あたりは暗くなってきた。

 しばらくして、彼は来てくれた。
「マジかよ。」
「うん。」
「タケダヒロシだよ。家まで送ってってやるよ。オレ、福田良治。いつもブゥって呼んでいるだろ?ブゥでいいよ。」
「わかった。ありがとう。」
「全然、思い出せないのか?それって、マジ、記憶喪失ってやつか?」
「どうやらそのようだ。なにも分からない。私は、いや、オレのこと、知ってること、全部教えてくれ。」
 ブゥは、小学校からの幼馴染みで、家もそう遠くないらしい。私もブゥも特に運動部に所属しておらず、帰宅部ということだ。あ、中学2年だ。

 私の家族構成は、両親と妹が1人いるとのこと。その妹はお兄ちゃん大好きみたいで、かなりウザっていたようだ。母親は割と温和な感じで、ブゥにはいつも優しいらしい。父親はよくわからないみたいだ。とにかく、いろいろ話を聞いているうちに、家の前に着いてしまった。なんか、あっという間のような気がした。明日また、ブゥと待合せして、学校にくことにした。とにかく、味方が一人できたのは、心強かった。

 さて、いよいよ、家だ。確かに「武田」と書いてある。いつも、どうやって帰っているのだろうか?なかなか、家に入れずにいると、
「あら、おかえり。何してるの?」
 可愛らしい感じの女性が声を掛けてきた。買い物袋を下げているところを見ると、どうやら、母親のようだ。待て、待て、自分はもう元の自分ではないのだ。中学生なのだ。確かに恋愛はしてこなかったが、母親に恋心なんて持ってはいけない。

「あ、ただいま。」
「さ、さ、入って、入って。」
「ユミ、お兄ちゃん帰ってきたわよ。」
「はーい。」
 ドドドドっと二階から、けたたましく降りてきたのは、例の妹のようだ。
「おかえり~い、遅かったね。」
「すぐご飯だから着替えてきてね。」
「はーい。」
 妹もなかなか可愛い子だ。二階に上がると、確か右の部屋だったよな?
「そこ、私の部屋。お兄ちゃんの部屋はあっち。」
「あ、ごめん、間違えた。」
「ふつー、間違えないでしょう?」

 ようやく、自分の部屋に到着した。が、困った。いつも、家にいるときは、どんな服を着ているんだろうか?でも、その問題はすぐに解決した。ベットにたたんでおいてあった。それを着ることにした。
「ご飯よ~。降りてらっしゃい。」
「はーい。」
 と、妹も返事したのがシンクロした。と、いきなり、妹は部屋に入ってきて、
「ご飯、ご飯、いこ!」
「わかった。」
「ん?なんか変。」
ぎょ?何か間違えたか?
「いつものお兄ちゃんと違う。そこは勝手に入ってくるな!じゃないの?でもいいや。優しいほうがいい。」

 妹は小学校6年。一緒に1階の食卓へ。
「あら、めずらしいわね。一緒に降りてくるなんて。」
「そうでしょ、お兄ちゃん、今日はなんか優しいの。」
そうなのか!いつもは、もっとツッケンドンな感じなのか!でも、仕方がない。どうも調子が狂う。でも、こんな感じの家族なら、なんとかなるような気がした。本当のコイツには悪いが。

 夕ご飯は割と日本食ぽくて、美味しかった。こんなん、一人では絶対に食べれない。ほとんど、コンビニ弁当や、出来合えのおかずだったからね。
「おかあさん、おいしいね。ありがとう!」
思わず、言ってしまった。とたん、二人ともきょとんとした。
「どうしたの?そんなこと言ってくれるなんて。でも、うれしいわ、ありがとう!」
「でしょ、今日のお兄ちゃん、なんか、優しい感じじゃない?」
「本当にそうね。」
母親はうれしそうだった。
「そんなことないよ。いつもと同じだよ。」
「いーや、違う。絶対に違う。すっごく、優しい感じに変わった!」

 この中学生はいったいどんなんだったんだ?でも、よく考えれば、反抗期ということかもしれない。まあ、普通だよね。でも、遠の昔に過ごした中学生時代になったからといって、反抗期を発生することはないと思う。

「やっぱり、お兄ちゃん変!スマホ持ってきてない。」
「あら、本当ね。いつもスマホばっかりして、全然ご飯食べないもんね。」
「そうそう。すっごく、食べるの遅い!」
 いまどきの中学生はそんなものなのか?
「食事のときくらい、食事に集中すべきだと思うけど。」
 しまった!よからぬことを口走ってしまった。でも、後の祭りだ。
「え~、お兄ちゃんがそんなこと言うなんて、やっぱり、変!!!」
「ほんとね。でも、いいんじゃない?」
「怪しい!!!絶対何かある!!!」

 確かに妹はうざいかもしれない。いちいち、突っ込んでくる。たまらん。食事中、ずっとテレビがついていた。その中で、1つの事件をニュースが報道された。

「○×電鉄の車内で、会社員、高橋和夫さん42歳が突然倒れ、救急車で運ばれましたが、死亡が確認されました。そばにいた乗客の話によると、高橋さんは一度倒れましたが、すぐに回復し、問題なさそうに思われました。が、二度目に倒れた時には意識は戻らなかったとのことです。」

 それは、自分のことだった。マジか!?ということは、もう二度と自分には戻れないということだ。これから先、ずっと、この中学生として生きていくしかないのだ。でも、高橋という自分だったことは、ずっと内緒にしていないといけないな。そうなると、この中学生はいったいどこに行ってしまったのでろう?自分ではどうにもならないことは、考えないでおくべきなのか。

 さて、そうなると、これからどうしたらいいのだろうか?ん、やけに冷静な自分に気が付いた。あれだけ、テンパっていた自分だったのに、今はやけに冷静に考えている。外見がどんなに変わっても、自分は自分だ。性格は変わりっこない。とにかく、このままだと家族からおかしいと思われてしまう。すでに、妹には見抜かれているが、一度、母親にきちんと話をした方がいいだろう。温和な優しい人なので、分かってもらえるかも。とりあえず、記憶喪失になったことを相談しよう。

「あの、おかあさん、ちょっといいですか?」
「な~に?改まってどうしたの?」
「お兄ちゃん、やっぱり、変!」
 ほんとに妹はうざい。自分の部屋に行っててほしい。
「ちょっと、相談があります。」
「ますます、怪しい!!」
「ちょっと、ユミは自分の部屋に行ってて。」
「え~、私も聞きたい~!」
「ユミ、お兄ちゃんがそう言っているんだから、行ってなさい。」
「は~い。」
かなり不満そうに二階に上がっていった。

「どうしたの?」
「実は帰宅途中に記憶を失ったんです。自分が何者なのか、家がどこなのか、どんな家族構成かもわからなくなった。福田という友人に教えてもらったので、今ここにいます。」
じっと、私の顔をみていた母親は、マジな顔をして、
「明日、病院へいきましょ。」
 と言った。すぐに信じてもらえたのでほっとした。そうなると、確かに病院ってことになると思う。

「ヒロシの今分かっている記憶を教えて。」
「今の記憶は、福田くんに教えてもらったことだけです。この家の場所も、彼に教えてもらいました。僕が記憶を失った時に、たまたま、福田くんがいてくれたおかげで、ここまで帰ることができたんです。そうじゃなかったら、そのままずっと電車の中にいたかも知れません。」
「大丈夫?どこか痛いとこない?頭を打ったとか?」
「いえ、何もないです。本当に突然こんなことに遭遇したみたいです。」
母親は急に泣き出した。
「なんで、あなただけそんなことになるの?なにも悪いことなんかしてないのに。」
確かにそうだ。この中学生は何も悪いことはしていない。電車で騒いていただけだ。本当の彼は今どうしているのだろうか?私にはそれすら、わからない。
「おかあさん、泣かないで。体調は悪くないので、大丈夫だから。」
「でも、でも」
母親の涙は止まらない。

「あ~、おかあさん、泣かした!」
でた。また、妹だ。
「なんか、ひどいこと言ったんでしょ!」
「ユミには理解できないことだ。二階に上がっててくれよ。」
「だめ。おかあさん、泣かしたんだから、行かない。私はおかあさんの味方なんだから。」
 おいおい、お兄ちゃん大好きなんじゃないのかよ。でも、仕方がない。隠していてもわかることだし、逆に言っておけば、味方になることもある。
「わかった。ユミにも話をしておくよ。おかあさん、いいよね?」
「うん。」
「僕は、記憶をなくしてしまったんだ。だから、今までどんな人格だったのかもわからない。ユミが言っていたように、本当におかしくなったのかも知れない。」
「わかった。やっぱり、そうだったのね。」

 こういうことは、子供の方が理解しやすいのかもしれない。
「突然、そんな病気を発症したもんだから、おかあさんが泣き出しちゃったんだ。」
「それって、病気なの?」
こういうところが子供だな。
「それがわからないから、明日、病院に行って検査してくるんだ。」
「私も心配だから、一緒にく。」
「学校を休みたいだけだろ?」
「そんなことないもん。」
まあ、こんな会話になるよな。

 なんか、落ち込んでいる母親はとてもかわいそうだ。年齢的には、本当は私の方が上のような気がするけど、今は息子なのだ。
「からだは本当にどこも痛くもかゆくもないよ。でも、記憶がないことについて、頭の中の話かもしれないから、CTとかMRIとかの検査が必要かもしれないね。」
「お兄ちゃん、結構、物知りなのね。」
しまった。普通の中学生はこんなこと知ってる方がおかしいか。
「おかあさん、そんなに落ち込むことないよ。当の本人がそう言っているんだから。」
「そうよね、ありがとう。」
 ようやく、落ち着いてくれたみたいだった。でも、本当に優しいおかあさんでよかった。

「ただいま」
玄関の開ける音がして、男の声がした。父親の登場だ。
「おとうさん、お帰り~!」
ユミが出迎えた。
「あのね、お兄ちゃんが大変なの。」
早速、ユミの説明が始まった。えっ、だけど、この顔どこかで見たことが。

(つづく)

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