「敵は財務省にあり ‼ 安倍政権vs財務省」 ――安倍晋三回顧録で浮き彫りに
政治・労働ジャーナリスト 鳥居徹夫
「安倍晋三 回顧録」(中央公論新社)が2月8日に発売された。売れ行き好調で完売となっており、増刷が予定されている。
安倍晋三元首相の証言には、多くの国民にとって驚かされることも多い。
◆安倍政権に敵対し、政権を倒すことも辞さない財務省
回顧録によると、安倍元首相は次のように述べた。
安倍政権が消費税率10%への引上げを延期しようとしたが、財務省は反対した。そして「安倍政権批判を展開し、私(安倍)を引きずり下ろそうと画策した。彼らは省益のためなら政権を倒すことも辞さない」とした。
さらに森友学園への国有地売却問題を巡っても「財務省は当初から森友側との土地取引が深刻な問題だと分かっていたはずだ。でも私(安倍)の元には、土地取引の交渉記録など資料は届けられなかった」と、財務省への不信感を示した。
安倍政権は、消費税の増税の10%への引き上げ時期を2回延期した。
8%への増税で景気の冷えこみが酷過ぎたからだと、安倍元首相は語っている。財務省は「8%に引き上げてもすぐに景気は回復する」と説明していた。ところが、なかなか回復せずGDP(国内総生産)はマイナス成長となった。
財務省への不信感を募らせた安倍元首相は「財務省の意向に従わない政権を平気で倒しに来る」と警戒した。そして増税延期を掲げ2014(平成26)年に解散総選挙を行った。
「増税先送りの判断は、必ず選挙とセットだった。そうでなければ、倒されていたかもしれない」と回顧録で語っていた。
安倍元首相は「財務省の説明は破綻している」と次のように述べていた。
「財務省の発信があまりにも強くて、多くの人が勘違いしていますが、様々なコロナ対策のために国債を発行しても、孫や子に借金を回しているわけではありません。日本銀行が国債を全部買い取っているのです。日本銀行は国の子会社のような存在ですから、問題ないのです。」
「国債発行によって起こり得る懸念として、ハイパーインフレや円の暴落が言われますが、現実に両方とも起こっていないでしょう。インフレどころか、日本はなおデフレ圧力に苦しんでいる。」
◆野党は財務省の別動隊。財務省に迎合する立憲民主党
立憲民主党なども、財務省に迎合して財政規律を強調している。野党も、財務省の財政緊縮路線を攻撃しない。野党と財務省の思考は同じである。
野党は、むしろ財務省の別動隊の役割を果たしている。
安倍元首相は2014(平成26)年に解散総選挙で国民の信を問うた。いわゆる「消費増税シナリオ潰し解散」だ。
安倍元首相は衆参の国政選挙に6連勝で、衆参とも3分の2を確保した時期もあった。
財務省にとって、コントロールできない安倍元首相は不愉快な存在ではなかっただろうか。消費税率10%の実施時期を4年も遅らせ、しかもコロナ禍では国民全員に一律10万円の定額給付金をバラマクなど、財務省のポリシーに逆行したのだから。
当時の安倍首相にとっても、自民党内の結束や政権の求心力から見ても、消費税の増税延期は2度が限度であった。2019年10月に消費税を8%から10%に上げたが、その直後から景気が下降局面となった。
◆官邸もアンタッチャブルだった財務省の幹部人事
当時、マスコミでは「安倍一強」との見出しであったが、安倍首相も財務省には相当てこずっていた。
民主党政権時に道筋をつけた官邸機能強化で、2014(平成26)年5月に発足したのが内閣人事局。
各省庁の幹部の人事を一元的に掌握するのが目的であったが、財務省がらみの人事は、官邸もアンタッチャブルだった。
森友問題で公文書の改竄を指示したのが財務省理財局長の佐川宣寿だった。財務省は佐川宣寿の国税庁長官への昇格を求めた。この人事ですら官邸は拒否できなかった。
つまり野党から追及されても、官邸は財務省からの推薦者は拒否できない。それをわかっていて野党は、国税庁長官への昇格を「森友隠しの論功」とか「人事の私物化」として安倍首相を攻撃していたのであった。
財務省を除く他省庁の幹部人事では、官邸が関与したこともあった。
違法な天下りのあっせんを繰り返し行っていた文部科学省の事務次官に前川喜平がいた。官邸は更迭をちらつかせながら、辞表を提出させた。ところが財務省は、そのようにはいかない。
テレビ局の女性記者へのセクハラ事件を起こしたのが、財務省の福田淳一事務次官だ。その事務次官が辞任したときもそうだったが、あのときは財務省自体が抵抗しきれないと観念した。官邸に実質的な人事権があれば、辞任はもっとスムースだった。
財務省は、予算と税制の実務を担っており、さらに国税庁も傘下にある。それが財務省のパワーである。国会議員も、地元や支援組織の予算づけ、税制関係でお世話になっているし、国税庁に睨まれたくない。
◆あの民主党政権は、歳出削減路線そのものだった
2009年9月に民主党の鳩山由紀夫政権が誕生した。民主党政権は、鳩山のあと菅直人、野田佳彦が首相となったが、国民を失望させ3年3か月で政権を失った。
民主党は、国民を豊かにすることなく、自然災害対策にも無頓着であった。それどころか財務省の歳出削減路線を、民主党政権が後押しした。
東日本大震災(2011年)に菅直人政権は、震災からの復興には、カネが必要と復興増税をも強行した。景気後退と国民の負担が増す中で、国内消費は落ち込んで財政健全化どころか税収不足に拍車をかけた。
野田佳彦政権は、「社会保障と税の一体改革」を打ち出し、自民党や公明党を巻き込んだ三党合意で、消費税の税率を5%から10%に引き上げることを決定し、個人消費を落ち込ませ、景気後退による平成デフレを長期化させた。
この民主党政権には、国民生活を豊かにするための大胆な財政出動はなかった。それどころか歳出カットを至上命題とする財務省路線そのものと言っても過言ではなかった。
◆コロナ禍の国債大量発行でも、パニックにはならない
数年後には、炭素税(温暖化対策税)の本格導入にカジを切りたいのが財務省だ。
財政規律派や財務省は、コロナ対策により2020年度(令和2年度)の予算総額は、当初予算と1次、2次、3次にわたる補正予算を合わせ175兆6878億円。当初予算(102兆6580億円)の1.7倍という単年度予算額では過去最大の規模となったと強調する。
この2020年度の国債の新規発行額は112兆5539億円と、初めて100兆円を超えた。予算全体で国債は歳入の64%。新規国債発行額はリーマンショック後の2009年の51兆9550億円の2倍を超える。
日本の場合、国債を増発しても国内で消化する。国債を外国が購入しているわけではないので、ギリシアのように取り付け騒ぎとかパニックにはならない。
物価上昇率は、税と社会保障の一体改革の2012年以降の10年間全体でも5%にも達していない。消費税アップ分をも下回っていた。
ロシアのウクライナ進行で、輸入物資やエネルギーの高騰があるまで、日本では物価が上がらなかった。
消費税率が5%から8%、8%から10%と、この間5%もアップした。消費税アップ分の物価上昇への寄与度は大きい。
消費税率アップは、物価が上がったのではなく、庶民の税金が上がったのである。政府公表の消費者物価指数から、税金アップ相当分を差し引くと消費者物価は横ばいか下がっている。
ロシアのウクライナ侵略による影響が出るまで、消費者物価は上昇しなかった。
2014(平成26)年に消費税率が上がったときは、名目物価水準は変わらなかった。デフレであり、消費税アッブ分の多くが価格に上乗せできなかった。下請け業者は親会社から消費税のアップ分の価格吸収を求められ、賃金は上がらず可処分所得は低下した。
製品価格に転嫁できない分が、労働コストの圧縮に跳ね返り、実質賃金の目減りにつながった。
つまり消費税率がアップしていながら、価格に転嫁できなかった。その結果、勤労者の賃金は抑えられた。そして個人消費も停滞し、景気が停滞しデフレ状態が続く、という悪循環から脱しようというときに新型コロナが世界を襲った。
◆ハイパーインフレどころか、毎年2%の物価目標すら未達成
事業者が、経営難から融資を受けても、心配するのが返済である。
たとえば、融資で元金5年据え置き(利子猶予)で借り、その間物価が2倍にあがれば、返済は実質半分となる。
カネがジャブジャブ回れば、企業の内部留保は非効率となる。融資を受けた方が経営にプラスに働く。
昭和40年代、勤労者は多額のローンを借りてマイホームの購入に走った。ところが石油ショックによる狂乱インフレで、物価を追いかけて賃金が上がり、ローン返済がラクになったということがあった。
物価と賃金の上昇、つまり経済成長は、借金している企業や事業者、そして個人のさらなる経済活動を活性化する。
財務省や与野党の幹部は「苦労して消費税の税率を上げたのに、下げるとなるとまた上げるのは至難だ」「引き下げるにしても作業に時間がかかる」などと、消費税率10%を死守しようとしている。
日本の場合、国債を増発しても国内で消化する。国債を外国が購入しているわけではないので、ギリシアのように取り付け騒ぎとかパニックにはならない。
財務省は、国債残高が増えると長期金利が上がりインフレになると、メディアに訴え、国会議員などへのご説明をハシゴしてきた。ところが一時期はマイナス金利となった。
ハイパーインフレどころか、毎年2%の物価目標も達成していない。まだまだ国債を発行できるし、日銀券を印刷すれば国民生活の救済に当てることができる。
◆「財務省のパペット」「パーなペット」だった民主党政権
財務省の官僚は、時代劇の悪代官の思考回路と同じである。
カネは税制で厳しく取り立て、支出は増やさない、あわよくば削ることに執念を持っている。
消費税の増税が経済の悪化を引き起こし、結果的には税収減となっていても、国民生活は二の次としか思えない。
コロナ禍においても財務省は財政出動に抵抗した。財政規律が歪むとか、国債残高がとめどもなく拡大するとの理由であった。
民主党政権で財務大臣だった藤井裕久(故人)は「予算編成権は財務省にある」と公言した。
ところが憲法には、内閣の職務として「予算を作成して国会に提出する」(73条)とされ、「内閣は、毎会計年度の予算を作成し国会に提出して、その審議を受け、議決を経なければならない」(86条)とも明記されている。
財務省に国家財政を牛耳らせてきたのは、歴代内閣の不作為である。
統帥権の独立ではないが、「省あって国なし」で、内閣の財務省支配を貫徹させている。
憲法にあるように、予算編成権は内閣にある。その下で作業を行うのが本来の財務省である。
とりわけ民主党政権の後半は、財務省のパペット(操り人形)というより「パーなペット」に堕し、緊縮財政下の増税路線でデフレを深刻化させた。
労働団体の連合は民主党を支援した。ところが支援したハズの連合組合員にとって「地獄絵のような民主党政権」であったといっても過言ではなかった。
政権をとるまでは、まさに「魚を釣るためにはエサをつけた」ものの「釣り上げた魚にエサを与える必要がない」というのが、民主党であった。
自民党政権のもとでは、濃淡はあっても勤労者の声が届いたし、勤労者を無視しなかった。唯一の例外が、民主党政権の後半であった。
財務省の傀儡だった民主党政権の二の舞だけは、ご免こうむりたい。
◆「前門の野党、後門の財務省」の自民党、求められる積極財政
財務省は、財務省のイエスマンでない政権を忌避する。たとえば安倍政権が安定していることは財務省にとって不都合なのである。つまり政権の足を引っ張ることは、野党と財務省に共通している。
財務官僚は緊縮政策で政治家を洗脳しようと、個々の議員にご説明ご説明とハシゴして回っていた。
財務次官だった矢野康治は、2021年10月の総選挙公示直前に発売された月刊誌『文藝春秋』に「財務次官、モノ申す―このままでは国家財政は破綻する」を寄稿した。矢野康治は、新型コロナへの経済対策を「バラマキ合戦」とし、このままでは国家財政が破綻する可能性があると主張した。
これは選挙干渉である(国家公務員による一方的なアベノミクス攻撃)。
昔も今も野党は、国会で財務省の別動隊の役割を果たし、政府攻撃に終始し、国民生活の向上には興味がないように見える。
あのコロナ政局で、自民党は財務省に屈しなかった。財務省のインチキ財政危機の主張を押し切ったのであった。
ところが、岸田首相は防衛増税や消費税増による少子化対策を打ち出した。財務省は、国際情勢の悪化による防衛費増加においても、防衛増税など増税シナリオを虎視眈々と狙っている。しかも野党は、国民生活よりも、自民党政権の悪口に余念がない。
4月の統一地方選挙を前にした地方議員は、野党からも国民負担の増大と攻撃されている。財務省の意を受けた岸田首相によって、自民党の地方議員も「前門の野党、後門の財務省」なのである。
ましてや野党に、財務省の「財源がない」という嘘を突き破ろうという意志も能力もない。
必要なのは、生活防衛と国民生活を豊かにする経済成長であり、果敢な財政出動を迅速に展開することである。 (敬称略)