前立腺がんだって。なんだよ、それ!#009

這々の体で逃げ帰った病室では、70代牢名主が看護士二人を相手取って、千切っては投げちぎっては投げの大立ち回り・・

頼むからちょっと静かにしてくれよ。後生だから、ね。川原くんがさ、なんか喋ってくれてるんだ。ちゃんと聞いておきたい。

「・・ですから。そういう場合、カテーテルを挿入しないといけないんですね。それで・・」
ちょっと待ったァ!!なになに、もう一回。
「はい、これからだいたい3時間以内に尿意を催すと思うんですが、うまく排尿できない方もいらっしゃいます。その場合・・」
カテーテル?
「そうですね。挿入時は先端から麻酔しながら、なのでそれほど痛くは・・」
いやだいやだ。金輪際、尿道は明け渡さないぞ!我々はぁ、この横暴を絶対にぃ、許してはぁ、ならなあい。エイ、エイ、オー!
「それとパジャマに着替えていただくのは、排尿が確認できてからでお願いします。あと、これを着用してください。」
こ、これはオムツ、ではないか。トホホ。
「股間の会陰部と陰茎から血液が滲み出ています。股間はしばらくすると止まりますが、陰茎は・・」

「排尿のたびにしばらくは出血します。」
!!
「今日明日はオムツが安心ですね。退院後は尿漏れパッドを小まめに替えてで対応できると思います。」

・・もう、ぐったり、だ。どうにでもなれ、だ。産業革命著しいウェールズを横目に、羊の群れを追うスコットランドの農夫のごとく・・

いや、ちがう、オシッコを出さなければ!出せなければ、再度の地獄がやってくる!しかも、正気だ、麻痺してるわけじゃない。


まんじりともせず、尿意を待つ。
最初の1時間は麻酔の余韻でぼんやりとした膨満感の中、徐々に脚の感覚も取り戻し、やれめでたしめでたしという小さい幸せを噛みしめる。
次の1時間は、なかなか顔を出さない尿意くんに、あれ、ご機嫌斜めかな?と問いかけながら、しかしまだ余裕だ。

3時間目、おいちょっとコラ何してんだ、ここへ来る前、毎日あんなに頻尿だったでしょ?どうしたんだよ、照れるなよ、いいんだよ、いいから。
おーい、どうしたぁ?

「どうですか?」
「ちょっと無理そうですか?先生に指示いただきましょうか?」
ちょっと待って、待って!どうにかするから、やればできる子なんだよ。あと30分もあれば・・

来たぁ!
正確には来させた。無理やりマインドコントロールして自分の身体を騙す。
便器の前に立ち、しばし数分心を決める。

ニョロン・・

出た、出たよ、みんな!え、にょろん?


なんじゃコリャあ!ぬるっとした流線形は血液の卵か、悪魔の種子か・・
えーん、やっぱりあいつがナニか産み付けていったんだ。
ジョボジョボジョボ・・どこまでも真っ赤じゃん!出血って量じゃないじゃん、大流血じゃん!あぁ、眩暈がする・・

「あ、出ましたね。良かったですね。は?真っ赤?はい、血液ですね。前立腺に溜まって凝固しかけの、はい、かなり出血してますから。前立腺、穴だらけですから。」


ぐったり。


オムツもそれなり汚れているが、そんなにバンバン交換はできない。もったいないよね、たいした量じゃない、赤いから気になるだけ。
そういや、股間の部分にも点々と血痕が・・律儀なもんだ。

パジャマの中にオムツを押し込む。
なんだろう、腰回りがぱんぱんだ、しみじみと悲しい。


夕食。
一日、食べてなかった。すごいね、空腹こそ最高の調味料。ありがたい有り難い・・
ものの数分で完食、ごちそうさまでした。

疲れたよ、疲れた・・
もう、俺は寝る。まぁ、すぐ尿意に起こされちゃうけど。



また、ニョロン、かなぁ・・

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