よし、ボートだ!第6話

馴れない社長業は「社長」を苦しめた。「こんなんやけどまぁナイーフな、あ、ナイーブ?」
かなりストレスを溜めたようで、いわゆる10円ハゲがいくつもできた。胃も壊した、初めて医者の世話にもなった。
そんなわけで会社の舵取りは古参の番頭にまかせ、自分は客先を訪問するいわゆる「トップ営業」に返り咲いた。
「やっぱり、気分がちゃうねぇ」と太っ腹な約束を重ね、現場担当にはかなりの負担をかけていたそうだ。

そうこうしている内に業績は落ちていき、地震やら山一やらがとどめとなって遂に廃業に追い込まれた。

自身には係累が無く兄の残した家族の保障を済ませ、生まれ育った九州を出た。ほぼ無一文の第二の人生が始まった。

縁を手繰って、瀬戸内の小都市で飲食店に住み込んだ。ゴツイ中年男が飯屋修行である。いっそ厳しくとの中、3年足らずで暖簾を分けられ店を出す。そばに競艇場があった。
繊維や鉄鋼の、いわゆる工業団地が商圏にあり当初から繁盛した。客の多くは競艇ファンでもあった。生来、博打を好む「社長」は自然と馴染んでいった。

店の休みが開催中なら、常連と連れ立って場へ通うようになった。一途なタイプである、あっと言う間にのめり込んだ。月にほぼ2開催、12日間を通い詰めるようになる。
「はやっとったんじゃが」、潰してしまう。開催中は朝早くに仕込みを済ませ、あとはアルバイトにお任せだ、無理もない。惜しまれながらも、またまた街を捨てる。

あっちへ行きこっちへ戻り、当座の仕事をはしごした。流れ者の暮しの中、「転がり込んだ先で、ええ女で」所帯を持った。そして小さいうどん屋を営んでいる。
「行った先行った先、競艇場があるわぁ、どうなっとんのか」

なかなかの波乱万丈ですね。
「なに、一瞬よ。正直なんもかも流され流されさぁ。今も拾うてもうたようなもんじゃし、ガァハハ」
「センセ、しぃたい事しとかなあかんで。うちの親父も兄貴も、なぁんも楽しまんうちに逝ってしもた。」
そうですね、キモに命じます。
「またまたぁ、センセそんなこと分かってますがな、アッハッハ」

そして、彼は擬い物の金のロレックスを見やり、「あ、いかんいかん、帰らんと。みなさん、ごゆっくり」とこれまたヴィトンのコピーから五千円札をテーブルに置き「おつり、頂戴。」と、僕から二千円取っていった。


「社長」は今も、たまにやってくる。歳を重ねて概ね80歳、黒黒としていた髪も真っ白になった。
「おぉー、センセ、ちょっと老けたんやないかぁ?」

意気軒昂、である。



(了)


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