よし、ボートだ!第10話
いよいよトシユキくんだ。
彼は既に何度か登場しているが、ほんとうに不思議な青年だ。僕が知る限りこういう雰囲気のニンゲンは彼ひとりしかいない。
出会いは、もちろん競艇場だが客同士というわけではなかった。
彼は予想紙を売る売店の店員で20代半ばぐらいだったと思う。案外いいところをつく予想紙で、当時の僕は随分とお世話になった記憶がある。
ある日、帰りがけ不意に肩を叩かれた、トシユキくんだった。
「こんばんはぁ、いつもおせわになってまぁす。」
あぁ、売店の・・
「どんなお仕事されてるんですかぁ?」
はぁ?
「いやあの、毎日きてるじゃないですか、お客さんフツーの人なのに」
えぇ!
「毎日こんなとこに来る人、だめな人なのに、お客さんちゃんとしてるから。」
なんと失礼な(怒)となるようなアプローチ。ところが僕は笑ってしまった。
気になるかい?
「いい仕事なら、働きたいなぁと思って。だってお客さん、ボートで遊んでるのにお給料出てるんでしょ?」
(苦笑)
「なんかおかしいこと、言ってますかぁ?」
程無くして彼は売店を辞めた。挨拶以外に二言三言交わすようになっていたから、なんとなく淋しかったね。
2カ月ほどして、投票券売場の列に並んでいた時、またまた不意に声がかかる。
「あ〜、くまさんだぁ」
トシユキくん、久しぶりだね。
「お久しぶりです、勝ってますかぁ?」
うん、まあまあだね。
「じゃあ、ご飯おごってくださいよ。負けすぎて、お金なくなっちゃいましたぁ」
不思議だ、奢ってしまった。しかもあまりにも美味そうに食べるものだから、次の約束までしてしまった。
一言で言えば、調子が狂ってしまう、と
いうことに尽きる。巻き込まれてしまう、ということでもある。
彼のおかげで変な友人も増えた。以前紹介した「社長」もその一人だが、他にも片手ではきかない数の連中と知り合った。
ある日、数名のちょっとマズそうな男たちに囲まれているトシユキくんを見かけた。かなり嫌な感じだ、事件が起こる気配がした。さすがのトシユキくんでも、心なしか顔が強張っているように見えた。
次の瞬間リーダー格と覚しき年長の男が二言三言口を開き、全員が爆笑した。
リーダー格がトシユキくんの肩を叩き「すまなんだな、助かったわ」と声をかける。はーい、とトシユキくん。
そっちの人達ではあったそうだ。道を尋ねられていたらしい、と言うか自分から行ったそうだ。
「だって女の子たちが困ってたからぁ」
最初に囲まれていた女の子二人組の身代わりに入っていったと言う。
危ないよ。
「そんな悪そうには見えなかったし」
いや、悪そうだよ。
「うん、よく見たら悪かった。」
いつも不思議なトシユキくんだが、一度だけ真顔のお願いをされた。
「くまさん、一生のお願いがあるんですけど」と電話がかかってきたのだ。
(続く)