経営者とマネージャーの軋轢/営業職とデスクワーカーの摩擦
前回は、理解の浅い経営者と、現場を理解しているマネージャーの間に発生する、事業運営的に言えばしょーもない。何の生産性もない、まさに不毛な議論に関してつらつらと書き綴ったわけだが、今回はこの軋轢に対して、マネージャーが取るべき戦略。もしくは経営者の指示に耐えるための戦略をどう設計すべきか? を考えていこうと思う。
自社の賃上げの妥当性を考えてみる
経営者が制作費用の値上げを提案(もしくは命令)して来た。
そしてマネージャーはその数字に疑問を感じ妥当性(もしくは整合性)を図るため私に相談をして来た。
この後に、マネージャーが戦うためには何が必要となるのか? を整理する。
マネージャーの直感は正しいものであるのか? の裏付け
制作費用の内訳の理解
自社の業務内容と制作費用の妥当性
制作費用に求められる生産性との融和性
まず、彼はこの4つを整理することが、必要である。
前回記載した通り、この会社(あるいはこの業界)には、制作費用を個別の品目に記載する習慣がない。
突如として出て来た数字が、妥当性のある金額であるかの裏付けが必要となる。その点で近しい同業者である私(デザイン・制作費に対して費用をいただいている制作会社)に相談して来たという選択は、概ね正しいと言えるであろう。そして、その結果代表者が提示して来た金額が、当社の一時間の生産単価と同じであったことが判明し、マネージャーはさらに窮することとなってしまったが。
ここから必要となってくることは、細分化することによる理解の解像度を上げる作業だ。
制作費用の内訳の理解
まず、私の会社が一時間の生産単価に含むタスクを例に挙げて解説してみよう。
私の会社がA4片面のデザインを行う作業は概ね以下の通りだ。
企画立案/デザイン戦略設計(マーケットリサーチ含む)
素材選定または収集
デザイン制作
ライティング
画像補正または合成
校正後の修正
簡易文字校正
入稿データ作成
最終校了データのチェック
データ入稿
ざっくりと、制作に関わる作業はこんな感じである。
場合によっては、ディレクター自らが作成することもあるので、最初に商談、見積もり作成、仕様検討も含まれ、校正時の企画提案もこの中に含まれる場合がある。
また、作業前に解像度を高めるために戦略を社内でプレゼンテーションしたり、ターゲットに対しての議論を行ったりなど、実作業まえの下拵えなども地味に存在する時間的コストと言えるだろう。
これらを全て包括して、自社スタッフの制作に関わる作業時間を算出し、一時間の生産単価を設定しているのが、私のやり方だ。
一方、相談して来たマネージャーの会社はどうかと言うと、しっかりと理解しているわけではないが、自身の経験から推測するにおそらくタスクは以下の通りであろう。
原稿レイアウト支給(あるいは指示)
DTPオペレーション(制作作業)
校正後の修正
文字校正
入稿データ作成
大雑把に想像するとこんな感じだ。
原稿はクライアントから完全に支給された状態で始まり、大まかなレイアウトも支持された状態からスタートする。
その後、修正のやり取りを終えて、文字校正を行い印刷データに変換する。
自社の業務内容と制作費用の妥当性
上記の比較を行った時に、タスク量を比較して、相談してきたマネージャーの会社の業務内容が経営者が提示した金額との妥当性があるか? ということが次の問題だ。
私の会社と比較しても、単純に見てタスクの量は半分に見える。
そう考えると、彼らの仕事は私たちの半額なのか? もしくは私たちより2倍の制作速度を持っているか? が妥当性の一つの指数となってくるわけだ。
この部分をマネージャーにヒヤリングしてみると、制作速度に関しては、さほど早い印象を受けず、作業量的にも私の会社と比較すると、見劣りすると言わざる負えないという結論であった。
制作費用に求められる生産性との融和性
ヒヤリングを基にここまでの内容から判断すると、第三者の私の目線からは経営者の提示した金額は生産性との調和が取れておらず、高額に設定されていると判断せざるを得ない。
そうなると、マネージャーは仕事がこの金額では取れない。と結論に至るわけだ。
しかしながら、この事実を告げたところで経営者は「そういうことなら仕方がない」と、首を縦に振るのだろうか?
おそらく、顔を真っ赤にし、自分の指示が受け入れられなかったことに激昂し、会社の良心として提言したマネージャーに対してボーナスのマイナス査定を行うのではなかろうか?
こういったことが続いてしまえば、マネージャーはこの会社にいる価値を見失い、ベースアップよりも安定を求め、限界集落に移住し、スローライフを満喫してしまうかもしれない。
そこまで行かなくても、潤滑な組織運営を意識することを放棄し、全てに目を瞑り、ゆっくりと没落していく会社を眺めるだけの、第三者になってしまうかもしれない。
人の生き方なので、否定はできないが、そうなる前にマネージャーが耐戦略を設計できれば、経営者激昂の未来を変更することができるかもしれない。
マネージャーが行うべき戦略
渋沢栄一の論語と算盤的に考えればこれまでの部分は全て「論語」にあたると言えるだろう。
それではこれからはこの論語を裏付ける算盤を弾く作業を実行しなければならない。
計算はシンプルであるほうがわかりやすい。
私の考える計算式は以下の通りだ。
経営者の提示した金額 × 8時間 = 1日の生産金額
1日の生産金額 × 22.5日間(出勤日数)= 月間生産料金
月間生産料金 × 社員数 = 制作部総月産料金
上記の数式から出てくる数字が、制作部隊に投資している金額と制作部隊が月産している粗利益に対して釣り合いが取れていれば、この金額が現在設定として適正であると、判断する。
つまり
制作部総月産料金 = 制作部に投資している金額 = 制作部総粗利
こうなっていれば、金額の妥当性が立証されると考えられる。
そして、この状態を作り出すことが、自社の現状を鑑みた時に妥当性のある金額である。と、考えられる。
この算盤を用いて経営者に掛け合った場合はどうだろう? 感情論ではなく現在の状況を冷静に分析したものを提示して、理解を示し設計をし直すことができれば、その会社はまだ好転性を秘めた会社だと考えられる。
ここまでやってもまだ、真っ赤っかな顔をして激昂するようであれば、おそらくこの先も議論からの合意形成は見込めない。
マネージャーには残念ではあるが、諦めて無我の境地へと達観するか、限界集落でのスローライフを提案するしかなくなってくる。
営業職とデスクワーカーの摩擦
マネージャーがもう一つの懸念材料としたのが、この部分だ。
自分たちの生産能力に明確に数値が与えられた場合、制作部隊は増長し営業たちでは制御できない存在となり、生産性を理由に仕事が残っていようが定時で帰る。あるいは1日の生産性を達成したから、仕事が途中の状態であっても達成を放棄することが、懸念されると言うのだ。
この危機感は、私も理解できる。オフィスワーカーでクライアントとの接点がない制作部隊はしばしば、営業を勉強をしない無能な御用聞だ。と、レッテル貼りを行う。集団で罵ることにより自分たちが井の中の蛙であることを忘れ、攻撃対象とするのだ。
実際は営業職が仕事を獲ってこなければ自分たちは作るものがなく、給与の元となる生産料金を生成することができないのだが、それさえ忘れ罵り分断を産む。この解決策は残念ながら、彼らに折衝の難しさを理解させるために野に放つ他ない。すなわち自ら作ったものを自らクライアントにプレゼンテーションする以外に理解は深まらないワケだ。
しかし、彼らをコントロールすることは、先ほどの算盤で機能させることが可能ではないだろうか?
制作部隊は自分の給与額面のみを比較対象とし、自分は生産性があり、給与が不当であると宣う。
ところが求められる生産金額が「個人給与 + 月間経営維持費 + 設備投資費用」であると理解すると、軒並み達成が難しいと気づかせることができる訳だ。
そのためにも、導入期に
月間生産料金 × 制作部隊数 = 制作部生産粗利益
この設定となっていることが重要であり、彼らがギリギリ達成できるか、否かの分水嶺である必要がある。
この導入に成功すれば、個人の生産目標を指数的に導入することも、部隊全体の生産目標が達成できているか否かも判断することが可能となり、制作部隊が数値的に成長しているのかが、図れる。
営業職としてみれば、仕事数が減ると彼らに付け入る隙を与えてしまうので、しっかりと案件維持に努めなければならない。
こういった組織関係を築くことこそが、会社(あるいは組織)を作ることだと私は考える訳だが、残念ながらそういった経営者が少なくなっている。
マネージャーが、このアドバイスを基に経営者のハンドリングが取れることを願っている。