第37話 エイトウーマン写真展2022②〜葵つかさのオーラに藤かんなは圧倒される〜
11月8日(火) 1日目
藤かんなはカレンダー売りのミッションを与えられる
「ご飯行こか」
写真展1日目を終え、社長と山中さんと私は会場近くの居酒屋に行った。そして1日を振り返った。
「お疲れ様。1日目、どうやった?」
社長は私に写真展初日の感想を聞き、続いてこう言った。
「この写真展で、藤かんなにしかできないことしたいよね。『藤かんなを全面に出したらあかん』って言ったのは俺やけど、女優がスタッフとして受付するなんてありえないねんから、何かしたいよね。
例えば、むっちゃカレンダー売るとかな。今日、カレンダー買った人いた?いなかったやろ?でもよく考えて。あのカレンダーの大きさの写真作品を買おうとしたら、何十万ってするで。そんな大きさの写真が12枚以上あって3,300円やねん。買わない理由がないよね。その魅力を藤かんなが伝えるねん。
せっかく2週間も受付に座るねんから、自分にしかでいないことをやってみて。そしてらきっと、さらに充実した2週間になるわ」
”自分にしかできないことをする”。これは会社勤めしていた時も耳にタコができるほど言われていた。「自分の強みを早い段階で見つけろ」と。ただ私はこれに対する成功体験がなかった。なので、社長の話に心が翳った。”次こそ結果を残したい”というやる気と、”私に何ができるのだろう”という不安。
ただ社長は「カレンダー売ってみたら?」と明確なミッションを与えてくれた。とりあえずこれを懸命にやってみよう。そうすれば何か見えてくるかもしれない。
11月9日(水) 2日目
藤かんなのカレンダー売りミッション始動
私は社長から提案された”自分にしかできないこと”に挑戦した。カレンダーを売るのだ!
写真展の物販にはB5サイズのパンフレットと、B2サイズのカレンダーがあった。パンフレットは手頃な大きさなので、勝手に売れていく。一方でカレンダーはなかなか売れない。
「カレンダー、どうですか?」
とお客さまに勧めても、
「カバンに入らないからね」
「飾る場所がないからな」
と程よく断られてしまう。
”このネガティブ要素を上手く払拭しなければならないのだな・・・”
突破口が見えてきた。
「カレンダーはカバンに入らないからね」
と言った男性客に私は言った。
「お仕事帰りですもんね。お疲れ様です。カレンダーはお持ち帰り用の袋をお付けするので大丈夫ですよ。もちろん無料です」
それでもまだ男性客の守りは硬い。
「家には家族もいるし、飾る場所ないんだよね」
「そうですね。奥様がこのカレンダーをよく思わない可能性もありますね。じゃあ天井に貼ったらいいんちゃいます!?私の知り合いは好きな女優のポスターを天井に貼ってましたよ。寝る時に目が合う位置に貼っておくんですって」
結局、彼はカレンダーを買わなかった。しかし「ちょっと考えます」と半笑いで帰っていった。私のむちゃくちゃな営業を少しは楽しんでくれたようだ。カレンダーは売れなかったが、手応えを感じた。
次は、パンフレットだけを買おうとている男性客にこう言った。
「カレンダー見てもらえましたか?」
「あ、いえ」
目も合わせない無愛想なお客さまである。しかしこんなことでめげたりしない。私はサンプルのカレンダーをめくってさらに言った。
「この大きさの写真を買おうとしたら、1枚132,000円もするんです。それなのにカレンダーだったら、なんと3,300円なんです。しかもカレンダーは1枚じゃないですよ。12枚で3,300円。お得がすぎますよね。
それに、ここの会場で展示されてない写真がカレンダーに使われてるんですよ。どの女優さんがお気に入りですか?葵つかささん?それだったら、6月のつかささんなんてどうですか?綺麗ですよねー。私も好きなんです」
無愛想なお客さんは案外真剣に私の話を聞いてくれていた。
「はぁ、確かにそうですね・・・」
少しの沈黙が流れる。私は静かにお客さまのシンキングタイムを見守った。
「あ、じゃあ、買います。3,300円でしたっけ」
”よっしゃー!!”私は心の中で拳を握り、涙を流した。そして男性はパンフレットとカレンダーを買って帰っていった。
しかしよくもまあ、これほどペラペラと言葉が出てくるものだ。私は自分に呆れた。しかし脳みそをフル回転し、必死に言葉を繋いでいく感じは新鮮で楽しかった。”私、営業とか向いてるんかな?”と調子のいいことを考えてしまうくらいカレンダーが売れたことは嬉しかった。
それからも私のカレンダー営業は続いた。
「卓上カレンダーだったら買うんだけどな」
「この大きさだから迫力があっていいんだと思いますよ!暦切って、額に入れたら立派な写真になるし」
「今日は平日だから、また土曜日に来た時に買うよ」
「ほんま?約束ですよ。私、土曜日もいるので、お客さんのこと覚えておきます」
カレンダーを買うか否かの攻防戦は幾度も繰り広げられた。結果は4勝6敗くらいだったが、間違いなくカレンダーは売れていった。
葵つかさを撮りまくって藤かんなは酸欠を起こす
『葵つかささん』がやってきた。昨日の寧々ちゃんと会う時同様、いやそれ以上に私は緊張していた。つかささんはエイトマンの中で最も歴の長い、エイトマンのナンバーワン女優だ。AV女優としてもレジェンド級の経歴を持つ。緊張しないわけがなかろう。
「え?藤かんな?誰それ。ねえ、そこのスタッフさん。このゴミ、捨てといて。あとコーヒー買ってきて。私、カフェイン無理だから、デカフェのミルクは無脂肪でね」
と、つかささんに冷たくあしらわれるのも覚悟していた。その時は膝をついてゴミを受け取り、疾風の如くスタバに走ろう。
つかささんが控え室に入った。私は一呼吸置いてから控え室に行き、挨拶をした。
「藤かんなです。今日はよろしくお願いします!」
「あ!かんなちゃん。よろしくお願いします!社長にこき使われてない?今日はどうもありがとう」
つかささんに微笑みを向けられ、私は固まった。なぜ固まってしまったのか、その時は理解できず、とても不思議な気分になった。
私は再び受付に戻った。つかささんを見て固まってしまった理由を考えた。私はおそらく、つかささんのオーラに圧倒されてしまったのだ。勝負する前に負けてしまったようでなんだか悔しかった。
それにしてもつかささんは可愛かった。ふんわりしたほっぺも、ぷっくりした唇も、つんと尖った鼻先も、全部が実在してた。「ゴミ捨てといて」とあしらわれるどころか「今日はありがとう」と言われてしまった。
つかささん、雑な想像をしてすみませんでした。
会場は大入り満員である。
”つかささんがいることでこんなにも人が集まるのか”。
大きな力を持っているつかささんをしっかり記憶にしっかり焼き付けておきたくて、私は写真を見て回る彼女を撮りまくった。
必死につかささんを追いかけていると、少し頭がぼーっとしてきた。息苦しいし、目の奥がじんじん痛くなってきた感じもする。
”これは美しいものを長時間見過ぎた代償だろうか・・・”
そんなファンタジー的なことを思ったが、後で山中さんが私にこう言った。
「つかさちゃんが会場回る時、むっちゃ暑かったですよね。酸素も薄くなってたし、むっちゃ息苦しかったー。そのくらいつかさちゃんを見に来る人がたくさん来てたってことですね」
原因はただの酸欠だった。
「ご飯行こか」
20時閉場、社長と山中さんと私は近くの居酒屋へ行った。