第3話 メーカー面接へ行くまでの不安な日々
「AV女優になること」への不安が膨らむ
宣材写真を撮り『藤かんな』が誕生した。
「次はメーカー面接のために東京行くから。日程はまた連絡する」
社長がそう言い、私たちは別れた。
宣材写真を撮って以降、しばらくはその時の興奮が冷めずソワソワした日々を過ごした。
”みんな私が『藤かんな』ってもう1つの名前持ってるの、知らんよな”
”普段は会社員で、もう1つの顔はAV女優だなんて、セーラームーンみたいやな”
昼の仕事をしながらそんなことを考え、1週間くらいはワクワクしていた。
しかし社長からメーカー面接の日程連絡はなかなか来ず、私のソワソワは、徐々に落ち着きを取り戻していった。そして替わりに、重い不安がじわじわ込み上げてくるようになった。「AV女優になること」への不安である。
宣材写真の撮影から2週間ほど経った頃、社長から連絡が来た。
「メーカー面接は来月中旬を予定してる」
”後1ヶ月もある!もういっそのこと『やっぱり”藤かんな”の採用やめとくわ!』って言われた方が、気持ちが楽になれたのに・・・”
そう思うくらい、私の気持ちは不安で重く、張り詰めていた。
後から知ったのだが、この時期、第1回目『8woman写真展』の準備や運営で、とても忙しかったらしい。なので、私の宣材写真を撮るまでや、メーカー面接へ行くまでに時間がかかったとのことだった。
そんなこと知る由もない私は、エイトマンへの不信感を若干募らせながら、これからAVの世界に飛び込むことへの不安で、頭の中がいっぱいになっていた。
”親にバレたらどうする?親はショックで死ぬんじゃなかろうか”
”会社にバレたらどうする?会社は辞めることになるだろうな”
”AVで売れなくなった後はどうする?私、天王寺らへんで野垂れ死ぬんかなぁ”
などを色々なことを考えて夜が眠れなくなった。寝不足の日々が続き熱を出すこともたまにあった。
”親にバレたら・・・”。これは最も私の気持ちを重くしていることである。両親は今もまだ私がAV女優をしていることを知らない。この仕事でしっかり結果を出していつか堂々と両親に報告したいが、できるならば一生知らないで欲しいとも思う。親にバレることへの懸念と葛藤は、またいずれ書くつもりだ。
会社の上司にバレる!?
ある日会社の上司に呼び出された。
”まさかAVしようとしてることが、バレた?!”
私はと焦った。宣材写真を撮っただけでバレる可能性なんて、1ミリもないのに。
上司は普段あまり使わない会議室に私を呼び出し、
「最近、調子どう?」
と聞いていきた。”・・・これは本当に探りを入れられているのでは?”と思ったが、こういう時は無難な返事をするのが良い。
「ええ、ぼちぼちですね・・・」
それからしばらく雑談をした。
上司は本当にただ私の様子を心配して呼び出したらしかった。
「最近ちょっと、元気なさそうやし、大丈夫かなぁと思って。まあコロナやし、在宅勤務とかあって、やりにくいことも多いけど。なにか不安なこととかあったら何でも言うたらええんやで。私じゃなくても、ほら、先輩の○○さんとか、話しやすいでしょ」
この時「私、AV女優やろうとしてるんです!自分でやるって決めたけど、不安で不安でたまらないんです!!」と言ったらどうなっていただろうか。私は当時、誰かに不安を聞いて欲しくてたまらなかった。日々大きく膨らんでいく不安が重すぎて苦しかった。誰にも言えない秘密があることが、こんなにしんどいことなんだと、悲しいほど分かった。
私はこの不安を少しでも払拭するために、色々な逃避行動に出た。
不安からの逃避①〜『バレエ』
まずバレエである。会社が在宅勤務推奨になったのをいいことに、隙あらば在宅勤務中にレッスンへ行った。バレエ教室の先生や他の生徒さんからは「会社は?」と聞かれたけれど、「在宅勤務中なので、抜けてきました」と堂々と言い、レッスンを受けた。”きっとAVの仕事が始まったら、いつかは会社を辞めるんだ”という覚悟がこの時すでにあったように思う。
不安からの逃避②〜『本』
次に本。本は昔から私の避難所であり、心の安定剤である。この時期も狂ったように本を読んだ。新しい本や難しい本を読むには心の余裕が足りなかったため、これまで何回も読んだことのある、大好きな本ばかりを読んでいた。
特に没頭したのが小野不由美さんの『十二国記』である。私はこのシリーズが大好きで、読むのは4回目だった。いつか小野不由美さんに会えたら
「『藤かんな』を支えてくれて、ありがとうございました」
とお礼を言いたい。
不安からの逃避③〜『友人と会う』
そして積極的に友人に会った。誰かといることで不安を紛らわせようとした。
私の友人で7つ歳上の男性がいる。彼は今、サラリーマンをしているが、過去にキャバクラのボーイをしたり、世界一周をしたり、旅先でイスラム教に入ったり、これまで付き合った彼女は日本国籍以外の人が多い、とかなんとか・・・。とにかくワールドワイドな人だ。
”この人なら『AV女優になねん』と打ち明けてしまっても、驚かないんじゃないかな”
そう思い、彼を食事に誘った。そして私はこんなことを聞いた。
「歳をとるまでにした方がいいことってありますか?」
「その時、自分がしたいことをしたらいいんですよ。僕はそうして好き勝手生きてきたけど、今もこうしてちゃんと生活できています。ああ、そう、日本には生活保護っていうスーパー安全網があるしね」
『生活保護』。そうかそれ使えば、天王寺らへんで野垂れ死ぬことはないのね。
その日、彼は「もう1軒飲みに行こう」と誘ってくれたが、私は断った。
”この人は私がAV女優になると知っても、もう1軒飲みに行こうと誘っただろうか。きっと今後、私は男性と付き合うことはないだろうし、この人との仲が発展することもないよね”、そう思ったから。
彼氏や結婚への諦め
AV女優になると決めた時、私は彼氏をつくることや、結婚することを諦めた。AV女優を彼女、もしくは妻にする男性なんていないと思ったからだ。当時は私自身、AVという仕事に偏見を持っていたと思う。「人に堂々と言えない、恥ずかしい仕事」という偏見を。
今はこの仕事をプロの意識を持って、真剣に取り組んでいる。AV女優になったことで、AV制作に関わる人たちの真摯さや、現場のクリーンさなども分かってきた。AVは決して「人に堂々と言えない、恥ずかしい仕事」ではなかった。そのため「AV女優だから彼女にできない、結婚できない」と言われると、ガッカリするし悲しくなる。
だが、そう思う人の気持ちも分かる。自分がAV男優を彼氏、もしくは夫すると考えると、きっと嫉妬心を抱いてしまう瞬間があると思う。そしてその気持ちをどこにもぶつけられなくて、苦しくなるような気がする。
もし私の友人が性を扱う仕事をしていても、特段何も思わない(「どんなことするの?」などは聞くと思うが)。しかしその人に対して恋や愛などの感情が入ってくると、特段何も思わなくはないだろう。”セックスは私だけとしてほしい”と思う気持ちと、”仕事でしているんだから、私が嫉妬するのはおかしい”と思う気持ちがきっと葛藤する。そのくらい、セックスというのは人と人を繋ぐ強烈な行為なのかもしれない。
しかしAV女優だから私を彼女にできないって、結局は私を見てくれてないよね!このデリケートな問題については、またいずれ書こう。
それから日は経ち、11月中旬。ついにメーカー面接巡りをする日が明日まで迫ってきた。私はもう怖くなかった。不安がゼロになることはないが、不安な気持ちも1周、いや2周くらい回って落ち着いていた。
「ここまできてしまったら、もう進むしかない。大丈夫大丈夫」
自分にそう言い聞かせていた。