第126話 京都・海宝寺イベントの裏側(前編)〜ガガガSP『祭りの準備』をテーマソングにしよう
『祭りの準備』がセットリストにない!
京都・海宝寺。楽屋の縁側。無造作に置かれたカバンの上に、A5サイズのリングノートが置かれていた。箇条書きで10行、文字が書かれている。瞬時に分かった。
———コザック前田さんのセットリストだ!
この日、海宝寺ではイベントが開催されており、トリにガガガSP・コザック前田さん(以下、前田さん)の弾き語りライブが行われる予定だった。その曲のセットリストが、今、目の前に・・・・・・!
だがパッと見えた曲のタイトルたちに、少し違和感を抱いた。この違和感はなんだ。ちゃんと確かめたい。しかし人のノートを勝手に見るのは気が引ける———
躊躇していると、エイトマン社長が楽屋に入ってきた。
「前田さんのセトリですよ」
私はノートを指差しながら、小声で社長に伝えた。
「人のノートを勝手に見たらあかん」
そう諌められるかと思ったが、彼はまるで忍者のような素早さで、ノートの横に腰を据え、
「カシャ」
スマホでセットリストの写真を撮った。
———「ほんまはじっくり見たかったけど、あのノートの近くに前田さんのマネージャーみたいな人おったやろ。だから盗撮するしかなかった」
のちに社長は当時のことを、そう語る。
さて、盗撮したセットリスト。社長は人差し指と親指をスマホ画面の上で滑らせ、拡大した。
「・・・・・・『祭りの準備』、ないわ」
彼の顔は青ざめていた。
やっぱり・・・・・・。
私の違和感の正体が分かった。歌うと約束していた『祭りの準備』が、セットリストに入っていなかったのだ———
海宝寺のイベントを10年続けるために
2024年11月3日。京都の海宝寺で『堂』というイベントが開催された。この2ヶ月前、社長は海宝寺の住職・荒木さんと、お笑いコンビのヤング・寺田さんと打ち合わせをした。
「このイベントは今年で2回目です。正直、利益は見込めません。でも僕は年に1回で良いから、この海宝寺で何か面白いことしたい。だから僕が好きな人たちに声をかけて、イベントに出てもらってるんです」
荒木さんはイベントへの思いを話した。
「お寺によっては、お布施いただいたものを、繁華街で派手にばら撒いてる所もあるんです。僕はそんな金の使い方はしょうもないって思ってます。だからこのイベントは、僕なりの還元の仕方なんです」
荒木さんはイベント出演者みんなに、直接会いに行き、参加を依頼しているらしい。そしてエイトマンにも直接電話をかけてきた。「そちらの女優さんでトークショーに出られる方いませんか?」と。そのトークショーの内容は124話、125話を読んでほしい(文末リンク参照)。
この打ち合わせで社長は、荒木さんを「応援したい」と感じた。彼はよくこんな例え話をする。
「フェラーリに乗ってる自分を、かっこ良いって思ってる奴いるやん。フェラーリの何がすごいのかも知らんのに。高級車を買える自分がすごいって勘違いしてる奴。俺やったら、人の作った高級車に乗るより、自分で作った不恰好な車に乗りたい。それがかっこ良いと思う」
荒木さんの熱量や考え方は、まさに社長のそれと一致したのではなかろうか。そして社長は考えた。
———エイトマンが海宝寺にできることはなんだろう。
「このイベントの様子を、映像か何かで残したりするんですか?」
「いえ、その予定はないです」
荒木さんは答える。
社長はこのイベントを、10年間やり続けるべきだと考えた。やり続ければ何かが起こる。そのためにも、記録を残さなければいけない。
「僕が信頼している人で、すごく良い映像を撮ってくれる人がいるんです。梁井さんって人で———」
「え!? テレクラキャノンボールの梁井さんですか!?」
社長が梁井さんの名前をあげた途端、荒木さんと寺田さんは即座に反応した。『テレクラキャノンボール』とは、男たちが東京から札幌までを車やバイクで移動し、様々な出会い系ツールを使い、現地の素人女性とセックスをする。AVを超えた痛快セックスドキュメント作品だ。その出演者の1人が梁井さんだった。梁井さんはハメ撮りを得意とする、現役AV監督でもある。
「その梁井さんです。僕が依頼します。経費もエイトマンが持ちます。そこで、条件として———」
社長の提案に、荒木さんと寺田さんは、唾を飲む。AV事務所の社長が、一体どんな条件を持ち出してくるのかと。
「イベント当日、ガガガSPのコザック前田さんに、『祭りの準備』を歌ってもらってください」
荒木さんと寺田さんは思いもよらない条件に、目を見合わせる。
「あ、でも、出演を依頼してる側が、曲をリクエストするって失礼なんかな・・・・・・」
社長は悩む。
「僕、この曲むっちゃ好きなんです。『祭りの準備』。シングルCDを買ったくらい」
社長がまだエイトマンを立ち上げる前の話。彼は企業の会社員だった。30代半ば、それなりの役職につき、しなければいけないことと、したいことの狭間で、苦しい時期だったらしい。そんな時、CDショップの試聴機で、たまたま『祭りの準備』を聴いた。それがひどく胸に刺さり、励まされたのだそう。今もたまに聴くらしい。するとやはり励まされるのだとか。
「この曲を、海宝寺のイベントのテーマソングにするんです。そして10年間やり続ける。『祭りの準備』がこのイベントの軸になってくる」
「それだけの思いがあって曲をリクエストされるのは、演者として嬉しいと思いますよ。そういや僕、たまたま今朝『祭りの準備』、聴いてきました」
「え! それもうメッセージやん!」
寺田さんの言葉に、荒木さんが反応する。
「『祭りの準備』を歌ってもらおう。海宝寺のテーマソングにしよう!」
そうして3人は盛り上がった。
それなのに・・・・・・
———セットリストに『祭りの準備』が、ない!
コザック前田に直接交渉だ!
社長は『祭りの準備』がリストにないことを、荒木さんに話しに行った。本当はすぐにでも、自ら前田さんに交渉しに行きたかっただろう。しかしこのイベントの主催者は荒木さんだ。自分がしゃしゃり出る幕ではない。
「イベント前に打ち合わせした時には、お伝えはしたんですけど・・・・・・本番前にもう1度、前田さんに話します」
———いやそれじゃ、遅い!
社長は強行突破に出た。背に腹は変えられない。自分で交渉する。『祭りの準備』はこのイベントの軸なんだ。その重要さを俺が伝える!
私はこの不穏な空気を感じながら、自分ができることは何もないと判断し、御堂で行われている漫才を見に行った。
どうなるかな。きっと『祭りの準備』は歌ってもらえるんやろな。でもその確率は8割。残りの2割、歌わなかった場合。社長はプンスカするやろな。「ハプニングはつきものや。それがないと人生は面白くないから」とか言いながら。そして私はそのことを書くんやろな。それはそれで面白いから、ええか・・・・・・
そんなことを考えていると、隣に気配なく男性が立っていた。前田さんだった。彼は漫才を見ている。社長の交渉は、もう終わったのだろうか。
2、3分ほどで前田さんは去って行った。きっとこれから自分が演奏するステージを、見に来たのだろう。彼が御堂の角を曲がる時、まるで忍者の如く跡を追う影があった。
———社長だ。
社長は前田さんが御堂の裏に回るタイミングを見計らって、声をかけた。
———「本当は前田さんのマネージャーに言うのが筋なんやろうけど、それすると伝言ゲームになって、俺らの熱が薄れる。だから直接行った。できるだけ、前田さんを驚かさん感じで」
のちに社長は、その時の心境をそう語った。
さて、社長vs前田さんの交渉が始まる。私はその時、交渉ポイントから5メートルほど離れた場所で、2人を見守っていた。そしてその中間点では、梁井さんが静かにカメラを回していた。
さらにいうと、周囲には前田さんサイドの人たちもいた。交渉中の2人から見えないように、御堂の壁際で息を潜めている人が1人。そして私のすぐ隣から遠巻きに観察している人が1人。
まるで『ミッションインポッシブル』、いや『007』だ。誰かが少しでも動けばみんなが動き出す。そんな張り詰めた空気だった。
「話、どうだったんですか?」
交渉が終わった社長に聞いた。
「『祭りの準備』の重要さを、ちゃんと理解してもらってなかった感じやった。だから前田さん『そ、そうだったんですか』って、ちょっと焦ってた。でも今から練習するって。きっとやってくれるんちゃうかな」
「前田さん、『祭りの準備』のコードは苦手みたいですよ。だからリストから外してたんじゃないんですかね」
梁井さんが言う。
「え、それどこで聞いたんですか?」
「さっき喫煙所で前田さんに会って、挨拶したんだよ。『祭りの準備』するんですか? って聞いたら『僕はあれのコード覚えてないんですよ』って言ってた」
「なるほど・・・・・・」
社長と私は静かに頷く。
「じゃあ歌ってくれへん可能性あるやん!」
詰んだ。
確かにガガガSPのライブでは、前田さんはギターを持っていない。マイクだけを持って猛烈に歌い上げるスタイルだ。
『祭りの準備』だけアカペラで。いやいや、それもええけど、なんかちゃうな。
葬式のような空気が流れる。
それにしても梁井さんのコミュニケーション能力には脱帽。違和感なく相手の懐に入って、情報を聞き出す。彼こそ本物のスパイだ・・・・・・
果たして『祭りの準備』は演奏されるのか!?
(後編へ続く)