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第123話 藤かんな東京日記〜父、嫉妬する


ロックバンド『oasis』との出会い

 ——あの時の腰の反り、エロかったなあ。
 映画館のスクリーンに映る、イギリスのロックバンド『oasis』のライブ映像を観ながら、そう考えた。
 流れている曲は『Don't look back in anger』。
 世界でこの曲を知らない人は、いないのではなかろうか。私はイントロの1音目で聞き当てられるくらい、何度も聞いた大好きな曲だ。
 
 大学2年生の冬、5畳ワンルームのアパート。当時付き合っていた彼氏は、裸で床に仰向けになり、私はその上に馬乗りになっていた。ふと右の視界に、鏡の中で動いている自分の姿が見えた。タートルネックのセーターを胸の上まで捲り上げ、お尻を突き出しながら、腰を前後に動かしている。
「今、自分の姿、見たやろ」
 私の下から彼氏が言う。
「見てへん」
 とっさに視線を彼の首筋あたりに向けた。自分のセックス姿に魅入っていたことが恥ずかしく、そのことをわざわざ言ってきた彼に腹が立った。
 彼とはついさっき、別れたばかりだった。なぜ別れた後にセックスをしていたのかは、覚えていない。だがその時、部屋に『Don't look back in anger』が流れていたことだけは覚えている。
 この曲が流れると、初めて自分の体をエロいと感じた瞬間を思い出す。しかし一方で、別れた彼とセックスをしている光景がよぎるのは、いつも少し嫌だった。ただそれも今となっては良い思い出。酸いも甘いも詰まった最高の曲だ。

 2024年10月18日、映画『オアシス:ライブ・アット・ネブワース』を観に行った。私の好きなロックバンド『oasis』(以下、オアシス)が、1996年にイングランドのネブワーズで行った、伝説のライブ映像だ。
 オアシスは2009年に解散した。しかし今年、彼らが再結成するという激震のニュースが発表された。
 もう諦めてかけていた待望の再結成。すれ違う人みんなにハグしたいくらい、嬉しかった。

映画ポスター

 私が初めてオアシスに出会ったのは、小学5年生の時だった。ませた子供だ、と思っただろう。しかし大抵の人は2002年あたりに、オアシスの曲を聞いたことがあるはずだ。
「この曲、ええな」
 私の隣でテレビを見ていた父が言った。テレビにはトヨタ車のCMが流れていた。そのCMソングに使われていたのが、オアシスの『whatever』だった。
 父は翌日、仕事帰りに『whatever』のCDを買ってきた。彼はよくこういうことをする。直感的に良いと感じた曲のCDを、すぐに買ってくるのだ。他にも宇多田ヒカルや平井堅、アデルなどを買ってきたことがある。
 しかし不思議なのが、父自身はそのCDをあまり聴かない。ただお土産として買ってくるだけ。自分の好きなものを家族に知ってほしい。そんな心理だったのかもしれない。
 私は父の買ってくるCDを、どれも何度も聴いた。父が何かを褒めるのは珍しかったし、幼い私にとって、父が「良い」と言うものは絶対に良い、という根拠のない確信があった。
 そのためオアシスのCDも何度も聴いた。これがオアシスとの出会い。彼らがロックバンドだということなんて、もちろん知らなかった。

楽しみ方は、書いて、訳して、歌う

 小5でオアシスを何度も聞いたせいか、大学生の頃から、本格的に洋楽ロックに没頭しだした。ちょうどYouTubeが流行り出し、色んな音楽を自由に聴けるようになった。オアシスをはじめ、たくさんの海外のロックバンドを聴き漁った。Travis、Radiohead、Weezer、Sum 41、Museなどなど。挙げ出したキリがない。少し憂鬱で、廃退的で排他的。でもスタイリッシュでどこか優しい音楽たち。特にTravisのミュージックビデオを見た時は、「私は将来、この人と結婚するんやろな」と、勝手に運命を感じた。そしてお金を貯め、実際にイギリスへ行き、彼らが通っていた学校や、演奏していたライブ会場を見に行ったりした。
 そんなのただの西洋への憧れ? 単なる厨二病? いいじゃないか。誰しも厨二魂はいくつか持っているだろう。

 当時はAmazonミュージックのような音楽サブスクはなく、たくさんCDを買えるお金もなかった。そのため、気に入ったバンドのCDをTUTAYAでレンタルし、パソコンに取り込み、自分なりのプレイリストを作っていた。
 そのうち聴くだけでは足りず、彼らが何と歌っているのかが知りたくなった。それからの私の執着心は、なかなかのもの。
 歌詞カードの英語の歌詞を書き写し、それを日本語訳し、歌えるようになるまで、何度も曲を聴きながら一緒に歌った。書くことで脳は記憶するからね。書いて書いて書いて、あとはブツブツと念仏のように口に出して、完璧。
 この作業に目的はなかった。
 英語を喋れるようになりたいわけではない。誰に披露するでもない。音楽アーティストになりたいなど、さらさらない。
 大好きなバンドが何を伝えようとしているのか知りたい。ただそれだけ。自分だけの宝物が、自分の中に蓄積されていく。それが楽しくて幸せだった———

 スクリーンに映るオアシスのライブ映像を観ながら、歌詞を口ずさむ。当時ほどではないが、今でも大体の曲は歌える。そんな自分が残っていてホッとした。
 海外の音楽アーティストは性病や、薬物、アルコール中毒などで、短命な人が多いように思う。
 このバンドのライブを生で観たかったな。
 そう思ったことは何度もある。
 だから今回オアシスの再結成は本当に嬉しいニュースだった。暗いニュースの多い昨今。そこに希望の光が差した気がした。そして彼らが生きている時代に、私も生きていて良かったと、心から思った。

「どうせ男の影響やろ」

 今年の夏、実家に帰省した時のこと。両親と一緒に墓参りにしに行く車の中で、Red Hot Chili Peppers(以下、レッチリ)の『Snow (Hey Oh)』が流れていた。
「なんでレッチリ流れてんの?」
「レッチリってなに?」と母が聞き返す。
「この流れてる曲、レッドホットチリペッパーズっていう、アメリカの超有名なロックバンドやで」
「へー、ロックなんや」
 母は「レッチリ、レッチリ」と呟く。その呼び名が気に入ったようだ。
「これな『ヘイホーの歌』ってお母さんと呼んでるねん」
 運転席の父が曲に合わせて「ヘイホー」と歌う。『Snow (Hey Oh)』は曲中に何度も「Hey Oh」と出てくる。発音はどちらかというと「ヘイホー」より「ヘイヨー」の方が近いのだが。2人とも楽しそうだから、まあ良しとしよう。
 ちなみにこの曲は、薬物中毒の経験をしたボーカリストが、「生きること」と「やり直し」について歌ったものらしい。そんな重いメッセージの込められた歌でも、両親にとっては「ヘイホーの歌」だ。このギャップがなんだか滑稽。
 とりあえず、魂のこもった曲は誰が聞いても心に残る、という結論で納めておこう。

「家族で誰もロックは聴かへんのに、なんであんたはロックにハマったんやろうね」
 母が言う。
「どうせ、その時に付き合ってた男の影響やろ」
 父の言葉に思わず耳を疑った。
 彼は今まで、私の周りに男がいることを認める発言をしたことがなかった。それなのに自分で「付き合ってた男の影響やろ」なんて言って、勝手に不貞腐れている。
 助手席に座っている母が、私に振り向き、「お父さん、アホやな」と目配せをした。父は黙って何も言わない。墓穴を掘って自滅した。そんなアホな父が、なんだか可愛かったので、私も何も言わずに放置することにした。

 ——1番最初にロックを聴かせたのは、お父さん、あなたですよ。

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藤かんな
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