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第104話 1st写真集『白鳥、飛ぶ』グラビア撮影in沖縄〜1日目〜

 ファースト写真集『白鳥、翔ぶ』(徳間書店)。
 撮影は沖縄で3日間、埼玉県郊外の廃工場で1日、行われた。
 沖縄の撮影では、なぜか昔のことをたくさん思い出した。壮大な自然と穏やかな空気がそうさせたのかもしれない。ここでは撮影の様子と、私の過去の思い出を書き残しておく。


撮影前夜

 2024年3月12日、グラビア撮影前日。19時にはもう寝る支度を始めていた。明日は4時に起きて、羽田空港。大切な前の日には8時間睡眠を確保したい。
 ベッドに横になり天井を眺めていると、枕元のスマホが鳴った。社長からの電話だった。
「いよいよ、明日やな」
 彼の電話は、ほとんどいつも「もしもし」から始まらない。
「バタバタしながら大事な日を迎えるのも良いよね」
 社長の声は少し高揚していた。確かにここ数日、打ち合わせがあったり、AV撮影があったりと、バタバタの数日間を過ごしていた。
「明日、5時に山中と迎えに行く。何時に起きんの?」
「ありがとうございます。4時に起きます」
「分かった。起きたら電話して」
 社長はこの後、徳間書店の編集者、橋本さんと打ち合わせがあるらしく、「明日の朝、起きられるかちょっと不安やねん」と言っていた。不安なのは、私だけじゃなかったようだ。
「それ、今夜、寝ないやつじゃないですか」
 私のツッコミに、彼は「寝る寝る」と軽く返した。2回言うということは、きっと嘘。

 電話を切り、部屋の電気を消して、目が覚めると朝の3時55分だった。
「よっしゃ」
 時計を見て小さなガッツポーズ。8時間寝られたら、もう私の勝ちである。根拠のない自信が湧いてきた。そして社長に早速電話をした。
「おはよう。ありがとう」
「寝ましたか?」
「うん、寝たよ。5時頃に迎えにいくわ」
 寝起きとは思えないほど、シャキッとした声だった。

沖縄で思い出す疎遠になった会社の先輩

「おはようございます」
 4時50分、マンションを出ると、車の前で山中さんが両手を振っていた。彼はこの日、社長と私を空港まで送るために、早朝に車を出してくれたのだ。
「昨日の夜、徳間書店の橋本さんと打ち合わせしてたんやけど、きっと橋本さんは寝ずに空港に来ると思うわ」
 空港へ向かう道中、助手席に座っている社長が言った。運転席の山中さんは「そうでしょうね。僕でもそうしますわ」と笑っていた。8時間しっかり寝た私は、後部座席で静かにそっと手を合わせた。皆さんのおかげで今日これからの私があります、と感謝の合掌である。

 5時すぎ、羽田空港に到着。カメラマンの西田幸樹さん、メイクの淳さん、スタイリストの菅原さん、おそらく徹夜の橋本さん。みんなすでに到着していた。2年半に初めてのグラビア撮影をした時と、ほぼ同じメンバー。またこの人たちに会えたことが嬉しい。2年半経った今も藤かんなでいられることが有難い。荷物を預けて、搭乗口へ向かった。
「沖縄は行ったことある?」
 飛行機を待つロビーで、西田さんが私に聞いた。
「1回だけ。4年前に」
「じゃあまだまだ新鮮だね」

 4年前、私がまだ会社員をしていた頃。会社の女性の先輩と、初めて沖縄へ旅行をした。先輩は20歳くらい年上で、年の離れた姉のように慕っていた。
 先輩にはAV女優であることを伝えてはいない。会社を辞めるときも、「いつかバレエ教室を開きます」とだけ伝えた。先輩は応援してくれた。会社を辞めてからも月に1、2回は会っていたのだが、2022年に私のSNSが炎上して以降、疎遠になってしまった。
 避けられたのではなく、私が連絡をしなくなったのだ。炎上を機にAV女優であることがバレたかもしれない。それを確認するのが怖くて、自ら遠ざけてしまった。
 しかし今年の正月、先輩から突然LINEが来た。
「あけましておめでとう。元気にしてる? 色々あったのだろうと推測しとるよ。また、会える日を楽しみにしてるね」
 嬉しかった。私がAV女優であることを知った上で、LINEをくれたのだ。AVのことを知った時、彼女は何を思っただろうか。それは分からない。だがそれでも「また会おう」と言ってくれた。
 撮影が終わったら、先輩に会いに行こう。
 そう思いながら、窓の外の飛行機を眺めた。

飛行機は6時20分発

高価な陰毛と、本場のルートビア

 9時半、沖縄に到着。荷物を取り、空港のロビーに出ると、「めんそーれおきなわ」の看板が見えた。コンビニの店先には『SPAM』の絵が大きくプリントされたTシャツが飾っている。ほんまに沖縄なんや、と心が浮き立った。

 空港の多目的室を借りて、メイクと着替えをした。空港から北へ向かい、名護で撮影をするらしい。
 メイク中、西田さんが「今日の昼ごはん、何がいい?」と聞きに来た。空港でテイクアウトをして、ロケバスの中で食べるそうだ。
「沖縄っぽいものが食べたかったら、ポークたまごおにぎりとか、A&Wとかがあるよ」
「A&Wが良いです。ルートビアをお願いします」
 私は即答した。A&Wとは沖縄限定のハンバーガー店で、そこには『ルートビア』という、独特の味がするコーラが売っているのだ。ちなみに私は大のコーラ好き。
「あれ飲むの。良いね」と、西田さんはA&Wをテイクアウトしに行ってくれた。カメラマンが昼ご飯を手配してくれるって、すごいよね。
 メイクが仕上がり、スタイリストの菅原さんが私の股間に、人口の陰毛を貼った。淫部を隠すためだ。
「今回の撮影の3日間は、この毛をつけたままでお願いね。これ結構高いのよ」
 菅原さんは私の股先に、陰毛を貼り付け、それを手で抑えながら言った。掌からの温もりが妙に気持ち良い。
「この毛はいくらするんですか?」
「2万くらいだったかなあ」
「に、にまん!?」
 私は股に2万円を装備した。気力がさらにアップした。

 準備が整い、空港のロータリーに用意されたロケバスに乗り込む。中でA&Wのハンバーガーと、ポテト、そしてルートビアが渡された。これが本場のルートビア・・・・・・。ストローで一口啜る。濃い甘さがモッタリと喉を通った後に、強烈なえぐみある清涼感が鼻を抜けた。この複雑な味を言葉で表現するならば、湿布味だ。
 通路を挟んで隣の席に座っていた社長は、ルートビアを飲んでいる私を見て、ギョッとしていた。
「それ、すごい味やろ」
「飲みますか?」
 彼は真顔で「今はいいわ」と断った。

念願の本場のルートビア

回収できない嘘に、オモシロイ話

 13時、撮影現場に到着した。グーグルマップを開くと、『国頭郡今帰仁村』と表示されている。「クニガシラグン イマキジンムラ」だろうか。読めそうで読めないのが沖縄ぽい。
 バスを降りると、私の背丈くらいの石垣の向こうに、こじんまりした民家風ペンションが建っていた。ここが1つ目の撮影場所らしい。空は晴天。天気予報は曇りのはずだったが、西田さんの撮影現場は、なぜかいつも晴れる。私、ついてる。

 ペンションの中に荷物を置き、部屋の中を散策した。高い天井。窓の外には見慣れない草木が生えた庭。そしてその先の水平線。
「ここは宿泊もできるんですか」
 荷物を移動させている西田さんに聞いた。
「そうらしいよ。こんな所に泊まったら、昼間から始まっちゃうよね」
 何が始まるのは、あえて聞かなかった。聞かずもがな同意。だってこんなに開放的なんだもの。
 メイクを直し、胸元が大きく開いたトップスと黄色のスカートを着て、庭で撮影開始。
「海の方に歩いて、振り向いて」
 振り向くと、西田さんの頭上に、バレーボール大のトゲトゲした実がたくさん成っていた。その毒々しい光景にギョッとして、「あの実なんですか!?」と声を上げた。
「パイナップルだよ」
 西田さんが言う。「パイナップルが成ってるの初めて見た」と、スカートに風を送り込んでいる菅原さんも驚いていた。パイナップルって凶器的な成り方するねんな。
「菅原。良い加減、西田さんの嘘に気付きなよ。パイナップルは樹に成らならないでしょ」
 呆れ声で淳さんが言う。「え、嘘なの」という顔をしている菅原さんと私を、西田さんはカメラ越しに見て笑っていた。
「西田さんは後で回収できない嘘を付くから、気を付けな」
 淳さんはクスリともせず、私の唇にリップを足した。

「かんなちゃんはたまに、苦笑いみたいな笑い方するんだよなあ」
 撮った写真を確認しながら、西田さんが呟いた。それはさっきのパイナップルのせいかもしれませぬ。
「西田さん、オモシロイ話してあげなよ」
 淳さんが言った。
「えー、あれを関西の人にやったら、怒られるよ」
 西田さんはそう言いながらも「オモシロイ話」をしてくれた。
「ある猫がいました。その猫は足の先も、耳の先も白くて———」
 少し間が開く。
「さらには、尾も白い」
 一瞬、思考が止まった。西田さんは顔を隠すように、カメラを構えている。淳さんは無表情で在らぬところを見ている。
 尾も白い、おもしろい、オモシロイ・・・・・・。そういうことか!
 大口を開けて笑っている私を、西田さんは苦笑いで撮ってくれた。

 オモシロイ話をしていると、西田さんの奥に社長の姿が見えた。
「スパムやん!」
 あまりの既視感に大声を上げた。社長の着ているTシャツには、大きな『SPAM』の絵がプリントされていた。
「そのTシャツ、いつ買ったんですか」
「今朝の空港で。沖縄着いたら、着替えを1枚買おうと思っててん」
 社長は普段、ほぼ無地のシンプルな服を着ていることが多い。そんな彼が『SPAM』がデカデカと描かれた、浮かれTシャツを着ている。これがギャップ萌えというやつだろうか。そう感じたのは私だけではなかったらしく、橋本さんも「それ良いっすね」と写真を撮っていた。社長は照れ臭そうに笑っていた。

西田幸樹はテロリスト

 16時を過ぎ、「そろそろ移動しよう」と、西田さんが言った。今日はあと2つの現場を回るそうだ。荷物をまとめ、ロケバスに乗り、出発した。
「あ、すごい花見つけた! あれと撮ろう」
 西田さんが突然バスを止めた。窓から綺麗な花が見えたらしい。急遽、そこで写真を撮ることになった。
「花は何色ですか? 衣装は何色にしましょう」
 菅原さんが西田さんに聞く。「赤。だから赤以外が良いかな」と、西田さんは返事をしながら、バスを降りてしまった。
「こうやって途中で、いきなり写真撮ることあると思うから、バスの中での着替えは覚悟しておいてね」
 菅原さんが言った。「問題ありません」と早速服を脱ぎ始める。
「待って待って、カーテン閉めるから。男性たちはしばらく外に出てください」
 菅原さんと私以外がみんな、バスの外に出され、窓のカーテンが閉められた。

 AVの撮影現場でも何度か似たことをやってしまったことがある。男性スタッフがいる前で着替えようとし、マネージャーの東さんに止められてきた。
「いくら撮影現場でも、どこでも誰の前でも脱いじゃダメです」
 東さんからは、口すっぱく言われてきた。「みんな私の裸を見てるじゃないですか」と、抵抗したこともあったが、彼の回答はこうだった。
「撮影とそれ以外は、話が違います」
 妙な説得力があった。それ以降、人前で堂々と着替えないようにしている。たまに忘れるけど。

 菅原さんに藤色のワンピースを着させてもらい、バスを出た。顔の大きさくらいの赤紫の花が一輪咲いており、そこで写真を撮った。
「バスを急に停めて、こんな写真が撮れるんや。やっぱり西田さんはすごいね。この色の衣装を咄嗟に選んだ菅原さんもすごいね」
 社長が撮ってもらった写真を見ながら、唸っていた。

 再びバスに乗り、出発。バスは坂道を登る。窓から見える緑がだんだん近付いてくる。どうやら山へ向かっているようだ。私は脚を前の座席の背もたれに置き、ルートビアの残りを飲んだ。氷が溶けて、いささか飲みやすい味になっていた。
 17時、バスが止まった。私は赤いワンピースを着て外に出た。そこは芝生の生えた、見晴らしの良い広場だった。広場の真ん中で、西田さんは私の顔をジーッと見る。どの角度からの光が綺麗か、吟味しているのだ。それにしても、西日が眩しい。
「楽しそうにルンルンしてみて。スキップとか」
 西田さんが言った。
<口笛はなっぜ〜、遠くまで聞こえるの———>
 どこからか『アルプスの少女ハイジ』の歌が聴こえる。私の頭の中で流れているのか? いや違う。西田さんの向こう側で橋本さんが歌っているのだ。しかも真顔で。
 彼はガタイがよく、顔はお菓子の『男梅』に似ている。外見からすると、ハイジを歌うキャラではない。これもまたギャップ萌え。私は素敵なBGMに乗って、ルンルンとスキップをし、でんぐり返り、そして側転もした。
「おお、それ。それ良いね」
 西田さんの前で何度も側転をした。写真には、逆立ちで両足を大きく開いた私が切り取られていた。ハイジもクララもおったまげだ。

バックソングは『アルプスの少女ハイジ』

「ここでさ、あのバレエの大きく飛ぶやつ、やってみてよ」
 バレエの大きく飛ぶやつの正式名称は『グラン・パ・ドシャ』という。片足を体の前に大きく蹴り上げ、もう片方の足で地面を蹴って、空中で前後に開脚した状態を作るのだ。
「何回か飛んで良いですか」
「もちろん良いよ。何回もやろう」
 西田さんは芝生に寝転んだまま、カメラを向けて言った。
 何回も飛びたいと言ったのには理由がある。ある時、バレエの先生からこんなことを言われた。
「あなたは6回目くらいから高く飛べだすみたいね。きっと筋肉のエンジンがかかるのが遅いタイプなのよ。これから舞台の本番前は、会場まで走って来なさい」
「筋肉のエンジンがかかるのが遅い」のは自分でも薄々感じていたことだった。そのため、改めて人から言われると、それが確信に変わった。
 大きく息を吸って、腹筋の下部に力を入れ、何度も飛んだ。
「もうちょっと手前で踏み切ってみて」、「少し角度浅く飛べるかな」と、西田さんは何度もシャッターを切った。1回、2回、3回・・・・・・、回数を重ねるごとに、体が軽く持ち上がってくる。陽が傾き、少しひんやりした空気が、上気した体に心地良かった。
「これ本当に空を飛んでるみたいだね。空中に花が咲いたみたい」
 西田さんが撮った写真を見せながら言った。私は思わず「綺麗!」と声を上げた。もっと気の利いた感想はないものかとも思うが、「綺麗」以外に言葉が見つからなかった。

会場まで走っては行きませんが・・・・・・

 次に私は芝生の上に寝転がった。西田さんは展望台のような場所に登り、そこから写真を撮った。
「ドローンで撮ったみたいでしょ」
 撮ってもらった写真を見て、動悸が乱れた。鮮やかな黄緑の芝生の中に、真っ赤なスカートが拡がり、そこに私が横たわっている。息を飲むほど綺麗だった。
「恐ろしいね。テロリストやな」
 芝生広場での撮影が終わり、バスへ向かう途中、社長が言った。一瞬で人の心を射抜く驚異的な写真家、という意を込めて「テロリスト」と言ったのだろう。
 テロリストて。
 と思ったが、それ以外の敬称が思い付かなかった。

夕方の海、空にモーゼの十戒

 18時過ぎ、海に着いたらしい。まだ陽は沈んでいない。沖縄は日の入り時刻は少し遅いようだ。私はバスの中で真っ白なトップスと、真っ白なスカートに着替えた。
 道ならぬ道を通り、砂浜に出た。海は何年ぶりだろう。砂ってこんなに白いんだっけ。海ってこんなに透明なんだっけ。水平線ってこんなに長いんだっけ。空は夕暮れが近づき、黄色とオレンジと、赤みがかった青で、複雑な色をしていた。そしてその空一面を鱗雲が覆っていた。
 スカートを捲り上げて海に足を浸けた。思ったよりぬるい。波が行ったり来たり、脛を撫でるのが心地良い。
 昔、家族で海に行ったなあ。小学生低学年だった私は大きな浮き輪に乗って、お父さんに沖まで連れて行ってもらった。途中でお兄ちゃんが浮き輪をひっくり返してきて・・・・・・その後、どうなったんやっけ———。
「それ以上は行かないでよ」
 海面が膝の上を超えた瞬間、西田さんの声に呼び戻された。沖には誰もいなくて、穏やかな波の音だけが聞こえていた。

 19時。日暮れと同時に、撮影は終了。私が記念にと、珊瑚を拾っていたら、頭上から淳さんの声が聞こえた。
「空見てよ。モーセの十戒みたい。海が割れて道ができるやつ」
 見上げると、鉛色の雲がパカっと割れ、オレンジと濃紺のグラデーションを作った空が、一筋見えていた。そしてそこに細い三日月がぽっかりと浮かんでいる。
「雲が割れて、月までの道ができてるみたい」
 淳さんは言った。少し不気味な風景だった。
「月は女性の象徴って言うやん。いろんな困難を割って突き進んできた、藤かんなを表してるみたいやね」
 社長が月を見ながら言った。不気味な風景が、吉兆の表れに思えてきた。なんたって西田さんの現場では、いつも奇跡が起きるからな。


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